お笑いトリオ「ぱーてぃーちゃん」のボケ担当・信子(本名:大野信子)さんといえば、ド派手なギャルスタイルと自由奔放なキャラクターで2024年以降に大ブレイクを果たした女性芸人です。しかし、彼女をさらに話題にしているのが「実家」にまつわる衝撃エピソードの数々。「33億円の豪邸に住んでいた」「庭で迷子になった」「グランドピアノが翌日届いた」「父親は伝説のヤクザだった」「徳川家康の末裔」——。
バラエティ番組でこれらのエピソードを語るたびにスタジオが驚愕し、SNSでも毎回トレンド入りするほどの話題を呼んでいます。「鉄板ネタ」として定着した実家トークですが、その背景には昭和から令和へと続く壮大な家族の歴史が隠されていました。
本記事では、信子さんの実家にまつわる情報を2026年最新版として完全網羅しています。「33億円の豪邸って本当に実在したの?」「実家は現在どこにある?」「父親の正体は?」「お寺になったって本当?」といったすべての疑問に徹底的にお答えします。読み終わる頃には、信子さんの実家トークがより一層深く楽しめるようになること間違いなしです!
ぱーてぃーちゃん信子のプロフィール

実家トークをより深く理解するために、まずは信子さんの基本情報をおさえておきましょう。本名・生年月日・出身地・芸歴など、実家の背景と密接に関わる情報をコンパクトにまとめました。
基本プロフィール

| 本名 | 大野 信子(おおの のぶこ) 旧姓:信貴 信子(しぎ のぶこ) |
| 生年月日 | 1992年8月1日 |
| 出身地 | 大阪府堺市生まれ・大分県大分市育ち |
| 所属事務所 | ワタナベエンターテインメント |
| 担当 | ぱーてぃーちゃんのボケ担当 |
| 結婚 | 2020年に大野祐平(ジーザス)と結婚 |
| 現住所 | 東京都八王子市(2026年本人談) |
旧姓が「信貴(しぎ)」という珍しい苗字であることも特徴のひとつです。芸人デビューの際に実家から「本名は名乗るな」と釘を刺されていたといいます。後に語られる父親・信貴久治氏の壮絶な経歴を踏まえると、その言葉の重みがよく理解できます。
信子さんが生まれ育った大阪府堺市には、かつて「信貴御殿」と呼ばれる豪邸がありました。3歳まではこの豪邸に住んでいましたが、その後は母親の故郷である大分県大分市へ移り住み、高校卒業まで大分で過ごしました。上京後に芸人の道を歩み始め、現在は東京・八王子で旦那とともに生活しています。
ぱーてぃーちゃん結成までの経緯
信子さんは学生時代、毎週土曜の午後に放送されていた「吉本新喜劇」をきっかけにお笑いの世界に興味を持ちました。その後、南海キャンディーズの山里亮太さんに憧れて芸人を目指すようになったといいます。
もともとは金子きょんちぃさんとのコンビ「エンぷレス」として活動し、ノルマライブへの出演を重ねていました。当時は漫才をメインとして活動しており、ネタの最後には毎回信子さんが強烈なツッコミを繰り出すのが定番スタイルでした。そのツッコミの音が大きすぎて会場中に響いたという笑い話も残っています。
2021年1月頃、「本気で売れたくなった」という強い信念のもと、すがちゃん最高No.1さんが合流し、3人組トリオ「ぱーてぃーちゃん」が誕生しました。「ギャル男とギャル2人」という異色の組み合わせが話題を呼び、ブレイク芸人の登竜門とされるバラエティ番組『ぐるナイおもしろ荘』への出演を機に一気に人気が爆発しました。現在は数多くのバラエティ番組への出演のほか、グラビア進出や地元・大分でのトリオ初の冠番組まで、その活躍の場を急速に拡大しています。
信子の実家は33億円の大豪邸だった

信子さんの実家トークの中核をなすのが「33億円の豪邸」にまつわるエピソードです。2024年から2026年にかけて複数のバラエティ番組で語られた内容は、回を重ねるごとにスケールが増し、視聴者を驚かせ続けています。
豪邸での衝撃エピソードの数々
信子さんが語る実家エピソードは、お金持ちの「あるある」を遥かに超えた次元のものばかりです。代表的なエピソードをまとめてみました。
🏯 信子が語った実家エピソード(一部抜粋)
① 庭で迷子になると庭師さんが母屋まで送り届けてくれた
② 母屋まで徒歩では遠すぎるため、敷地内を車で移動していた
③ 母屋のほか別邸が複数あった
④ 家の中に徳川家の家紋が入った家具が置いてあった
⑤ 「ピアノを習いたい」と言ったら翌日グランドピアノが届いた
⑥ 毎日、割烹着を着た料理人がやってきて食事を作っていた
⑦ 小学生のころのお年玉が50万円だった
⑧ 外壁だけで3億円かかったといわれていた
2024年8月のイベント取材では、信子さんは実家のバーの有無について聞かれてこう答えました。「バーはなかったはず。でも料理人は来ていました。割烹着を着ている人がそこで料理するみたいな感じで。今思えば料理人のじじいだったんですけど(笑)。今は結婚して旦那と生活しているけど、次元違ったなとは思いますね。優雅に過ごしていたっぽい」。
「ピアノを習いたいと言ったら次の日グランドピアノが届きました」という発言は、聞いていた丸山桂里奈さんをはじめスタジオを爆笑させました。「次の日」という速さと「グランドピアノ」というスペックの組み合わせは、一般家庭では到底理解できない次元です。
信子さん自身は「お金持ちって思って生きてきてないから、何がお金持ちエピソードかわからないんだよなあ」と語っており、生まれながらにしてそのような環境が「普通」だったことがわかります。3歳までという記憶が定かでない時期に住んでいた豪邸での話とはいえ、見聞きしたエピソードの数々が彼女の「常識」を形作っていたことは確かです。
豪邸「信貴御殿」とはどんな建物だったのか
「信貴御殿」と呼ばれたこの豪邸は、大阪府堺市に実在していた建物です。外観は武家屋敷を思わせる日本風の重厚な造りであった一方、邸内の階段などには洋館のような装飾が施された和洋折衷スタイルの建築物でした。
堺市内でクラブを長年経営するママの証言によれば、「久治さんのキャバレーが開店したとき、『信貴御殿』の写真と自分の顔写真が印刷された紙とお皿を配っていました。羽振りがよかったんですよ」とのこと。久治氏がいかにこの豪邸を誇りにしていたかがうかがえます。
夜になると屋敷が派手にライトアップされていたことも近隣住民の記憶に刻まれており、「屋敷の周りには常に黒服が何人もいて、近所でも『あそこはヤクザだよ』と有名でした」という証言も残っています。「外壁だけで3億円」という噂は当時から語り継がれており、豪邸全体の規模感を象徴しています。
父親・信貴久治は「伝説のヤクザ」だった!?

信子さんの実家トークの中でも特に衝撃的だったのが、父親・信貴久治氏の経歴です。テレビでは「父親は不動産経営をしていた」と語られてきましたが、2024年に週刊誌が報じたことで、その本当の姿が明らかになりました。
信貴久治とはどんな人物か
父親の信貴久治(しぎ・ひさじ)氏は、かつて大阪に存在した暴力団「信貴組」の組長として知られています。大阪府堺市でキャバレーや風俗店の経営で莫大な富を一代で築き上げ、その財力で「信貴御殿」と呼ばれる33億円の豪邸を建設しました。
久治氏について、堺市内で長くクラブを営むママはこう語っています。「久治さんはヤクザだけど、気風のいい人でしたよ。遊び人でもありましたけど……。『徳川家の末裔だ』とも話していましたね」。遊び人ではあったが気風のいい人物だったという評価は複数の証言で一致しており、久治氏のカリスマ性がうかがえます。信子さんが父親について語る際のどこか誇らしさが滲む様子は、こうした人物像を受け継いでいるからかもしれません。
衆議院議員選挙への出馬と公選法違反・3年間の逃亡生活
一代で富を築いた久治氏は、次なる夢として政界進出を目指しました。「泉州の角栄」を目指したといわれ、1976年の衆議院議員選挙に出馬しますが、結果は落選。さらに選挙運動の裏で行われていた選挙買収が発覚し、公職選挙法違反で逮捕されてしまいます。
実刑判決を不服として最高裁まで徹底的に争い続けましたが、最終的に有罪が確定。しかし収監される直前に突如として姿をくらまし、約3年間にわたる逃亡生活に突入します。国内を転々としながら逃げ続け、1996年に大分県内でついに確保されるまで、その逃亡劇は続きました。昭和の任侠映画をそのまま実写化したようなスケールの話ですが、これはれっきとした事実です。
会社倒産・350億円の負債と「信貴御殿」の行方
久治氏の事業はキャバレー・風俗店の経営から土地転がし(不動産売買)まで多岐にわたりましたが、1991年に会社が約350億円もの巨額の負債を抱えて倒産します。33億円の豪邸「信貴御殿」もこの余波を受け、借金返済のために競売にかけられることになりました。
信子さんはその後、母親とともに大分県へ移り住みます。久治氏は信子さんが高校生だった頃(2009年前後)に大分県内で亡くなったとされており、父の死後は母親が不動産事業を立ち上げて家族を支えました。
信子さんの所属事務所は「父の仕事は不動産経営だと聞かされており、選挙買収や逃亡、倒産などはまったく把握しておりません」とコメントしており、信子さん自身が父の複雑な素顔を十分に知らされないまま育ったことがわかります。それでも結果的に、バラエティ番組で語られる「実家エピソード」の数々はすべてこの激動の家族史から生まれたものです。
信子は本当に徳川家康の末裔?家系図を徹底検証

「徳川家の末裔」を自称する信子さんの発言は、毎回スタジオを驚かせてきました。その都度「本当に?」「どういうこと?」と疑問の声が上がりますが、実際のところはどうなのでしょうか。
「徳川家末裔」発言の経緯
2024年5月放送の『さんまのお笑い向上委員会』(フジテレビ系)で、信子さんは「ウチのお父さん、勘当されたの1回。徳川家から放り出されたけど、自力でカネ貯めて、33億の家を建てたからね」と発言し、スタジオを驚かせました。この発言は即座にSNSでトレンドとなり、「伝説のお金持ち芸人」としての地位をさらに確固たるものにしました。
信子さんによると、曾祖母の結婚前の苗字が「徳川」であり、嫁入りしたことで名字が変わったとのこと。父方の血筋は「八代将軍・徳川吉宗の直系の子孫」とも語っており、実家には徳川家の家紋が入った家具が実際にあったといいます。このエピソードは以前から複数の番組で語られており、信子さん自身は強い確信を持っているようです。
家系図の検証と長男の証言
週刊誌の取材で、堺市内にある信貴氏の実家を訪ね、信子さんにとって「40歳上の異母兄」にあたる信貴氏の長男から話を聞くことができました。長男は「信貴家が徳川家の末裔という話は聞いたことがないです。まあ、信子さんがそう言っているなら、それはそれでいいんじゃないでしょうか」とコメントしており、徳川末裔説については懐疑的なニュアンスが感じられます。
一方で信子さんの所属事務所は「本人は徳川家の末裔だと聞いています。家系図や家紋なども見たことがある」としており、何らかの根拠があることはうかがえます。大政奉還からまだ200年も経っていない現在、信子さんの代まで繋がる家系図が存在する可能性はゼロではありません。ただし、現時点では吉宗公から信子さんまでを直接繋ぐ公式な家系図は一般に確認されていません。
真偽の確認は困難ですが、「信子さんがそう信じて育ってきた」という事実が、このエピソードをより味わい深いものにしていることは間違いありません。
信子の実家(33億円豪邸)は現在どこにある?

「信貴御殿はその後どうなったの?」「現在の場所はどこ?」という疑問を持つ読者は多いはずです。競売にかけられた豪邸のその後を詳しく解説します。
実家があったのは大阪府堺市
まず、よくある誤解を解いておきましょう。信子さんは大阪府堺市で生まれ、3歳まで「信貴御殿」に住んでいましたが、その後は母親の故郷である大分県大分市へ引っ越しています。高校卒業まで大分で育ったため、ネット上では「大分に33億円の実家がある」と誤解されることがよくあります。
実際に大分の地価を調べて「信子の話はウソだ」と批判する声もありましたが、豪邸があったのはあくまでも「大阪府堺市」です。信子さん本人も番組内でたびたびこの誤解を訂正しており、「実家は大阪!」という点は本人も強調しています。
現在は「お寺」に改装されている
父親・久治氏の会社が1991年に350億円の負債を抱えて倒産したことを受け、「信貴御殿」は借金の返済に充てるため競売にかけられました。落札した新しいオーナーが改装を行い、現在は寺院として現存しているといいます。信子さん自身も番組内で「今はお寺になっている」と語っており、この情報はほぼ確実と考えられます。
一般住宅を改装しただけでお寺として機能できるほど、「信貴御殿」の建物がいかに広大かつ立派だったかがわかります。週刊誌の取材で内部が確認されており、武家屋敷のような外装に反して邸内の階段などには洋館のような装飾が施されていたことも明らかになっています。
場所(お寺の名称)は公表されていない理由
「では、そのお寺はどこにあるの?」と気になる方も多いでしょう。しかし現時点では、具体的な場所や寺院の名称は公表されていません。信子さんは人気急上昇中の芸人として多くのファンから注目を集めており、場所が明らかになればファンが大挙して訪れ、現在参拝や修行を行っている方々に迷惑をかける恐れがあります。プライバシー保護と周辺環境への配慮から、非公開が妥当な判断といえるでしょう。
信子の現在〜実家とは真逆!八王子で節約生活

「33億円豪邸育ち」という壮大な過去を持つ信子さん。しかし現在の生活はどうなっているのでしょうか?その意外な「庶民ぶり」も信子さんの大きな魅力のひとつです。
2020年に結婚、旦那は経営者兼モデル
信子さんは2020年に大野祐平(通称:ジーザス)さんと結婚しています。2人の馴れ初めはマッチングアプリというなんとも現代的なスタイル。旦那さんは経営者兼モデルという多才な人物で、イケメンとして信子さんのファンからも注目を集めています。2023年3月放送の「相席食堂」で信子さん本人が結婚の事実を明かし、広く知られることになりました。
東京・八王子で「1円でもムダにしたくない」節約生活
2026年3月末の「上田と女が吠える夜」(日本テレビ系)2時間スペシャルに「1円でもムダにしたくない節約女」ブロックの出演者として登場した信子さん。現在は旦那と東京・八王子で2人暮らしをしています。
「なんのために足があるんだい?」と1円でも安いスーパーを探して歩き回るという節約生活ぶりを披露。「賢者のカード」「スパ友」などの実践的な節約術を紹介し、スタジオを笑わせました。「実家は実家、うちはうち」という言葉が、信子さんの現在の生き方を端的に表しています。33億円豪邸育ちでありながら、自分たちの生活水準に合わせて堅実に暮らす姿は、かえって多くの視聴者から共感と好感を集めています。
バラエティ・グラビアで大活躍中
2024年以降、信子さんはバラエティ番組に引っ張りだこの状態が続いています。「33億円豪邸育ち」「徳川家末裔」「ヤクザの父親」という三重のキャラクターはテレビ的に非常に強く、どの番組でも抜群の話題を提供できます。さらに「美ボディ」を活かしたグラビア挑戦により「美女芸人」としての新ポジションも確立しつつあります。
また地元・大分では信子さんが出演するトリオ初の冠番組も誕生し、地元への愛着も変わらず持ち続けています。「実家は33億円の豪邸だったけれど、今は八王子で1円でも節約しながら旦那と暮らしている」——このギャップこそが、信子さんの最大の武器であり、これからも視聴者を引きつけ続けるでしょう。
まとめ:ぱーてぃーちゃん信子の実家エピソードが面白すぎる理由

ここまで「ぱーてぃーちゃん信子の実家」にまつわる情報を徹底解説してきました。改めて、信子さんの実家エピソードがこれほど面白い理由を整理してみましょう。
| ✅ 記事まとめ ・実家は大阪府堺市にあった33億円の豪邸「信貴御殿」 ・父親・信貴久治は暴力団「信貴組」の元組長。会社は約350億円の負債で倒産 ・曾祖母の旧姓が「徳川」で信子は徳川家の末裔を自称。公式家系図は未確認 ・豪邸は倒産後に競売にかけられ、現在は大阪 ・堺市内のお寺に改装 ・信子本人は現在、旦那と東京・八王子で節約生活 ・過去の大富豪生活と現在の節約生活のギャップが笑いと共感を生んでいる |

