布袋寅泰の「首相×ロック」投稿が炎上!芸術と政治の境界線に問われた真意とは

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布袋寅泰の「首相×ロック」投稿炎上の真意と、芸術と政治の境界線について考える記事のアイキャッチ画像。

2026年4月11日、日本のロック界に「事件」が起きた。伝説的なギタリスト・布袋寅泰(64)が自身のX(旧Twitter)に投稿した一言が、たちまちSNS上で大炎上したのだ。

きっかけは、英国のハードロックバンド「ディープ・パープル」の首相官邸訪問。来日中のバンドが高市早苗首相と面会したことを知った布袋は「未だかつて日本の首相がロックンロールと交わったことがあったか?素晴らしいことなんだよ」と投稿(その後削除)した。

これに噛みついたのが、音楽ユニット「LOVE PSYCHEDELICO」のギタリスト・NAOKI(52)だ。「ハッキリ言っておきたい。全く素晴らしいと思わない」「芸術に政府のお墨付きなんていらない」と真っ向から反論し、この言葉がヤフコメで180件/時という驚異的なコメント数を記録。エンタメカテゴリのヤフコメランキング1位に躍り出た。

一見すると「ロックミュージシャン同士の意見の相違」に見えるこの論争だが、実は「芸術と政治の関係性」「アーティストはどこまで体制と距離を置くべきか」という、音楽史の根幹に関わる普遍的な問いを内包している。

布袋寅泰とはどんなアーティストなのか?なぜ彼の投稿がこれほど注目を集めたのか?そしてこの炎上が示すものとは何か?BOOWYからソロ活動45周年を迎えた現在まで、その歩みとともに深く掘り下げていこう。

当ブログでは、布袋寅泰さん以外にも【話題の人物まとめページ】で気になる有名人のプロフィールやエピソードを紹介しています。ぜひチェックしてみてください。

目次

布袋寅泰の「首相×ロック」投稿とは何だったのか?事の発端を丁寧に整理する

布袋寅泰の「首相×ロック」投稿炎上騒動の発端と経緯を整理したイラスト図解。ディープ・パープルと高市首相の面会からSNS上の議論まで。

ディープ・パープルと高市首相の「歴史的」面会

2026年4月11日、英国の伝説的ハードロックバンド「ディープ・パープル」が日本を訪れた。目的は東京・日本武道館でのライブ公演だったが、公演に先立ち、彼らは首相官邸を表敬訪問したことが明らかになった。

出迎えたのは高市早苗首相。高市首相はかねてからディープ・パープルの大ファンとして知られており、バンドとの面会は双方にとって感動的な場だったと伝えられている。「Smoke on the Water」「Highway Star」などの名曲を生み出してきたディープ・パープルは、1960年代末に結成された英国のハードロックバンドで、レッド・ツェッペリン、ブラック・サバスと並ぶ「ハードロック三大バンド」の一角を担う存在だ。

ディープ・パープルが日本と持つ縁は深い。1972年のライブアルバム「マシン・ヘッド」は日本でも大ヒットし、以来日本は彼らの重要な市場であり続けてきた。首相との面会という「歴史的」ともいえるシーンは、単なる文化交流を超え、日本とロック音楽の半世紀にわたる関係の象徴的な瞬間でもあった。それほど日本のロックファンにとって、ディープ・パープルの存在は特別だ。「紫」という愛称でも知られる彼らの音楽は、日本の音楽シーンに深く根付いており、今回の首相官邸訪問は日本のロックファンの間でも大きな話題となっていた。

布袋寅泰の「素晴らしいこと」発言とその波紋

この出来事を知った布袋寅泰は、自身のXアカウントで「未だかつて日本の首相がロックンロールと交わったことがあったか?素晴らしいことなんだよ」と投稿した。布袋自身もディープ・パープルの熱狂的なファンであり、14歳のころから彼らの音楽に影響を受けてギターの道に進んだ経緯がある。その意味では、布袋の投稿は純粋な喜びの表現だったとも解釈できる。

しかし、この投稿はSNS上で思わぬ反響を呼ぶことになる。「政府が音楽を認めることを『素晴らしい』と表現することへの違和感」を覚えた人々から批判的な意見が相次いだ。「ロックはもともと体制への反骨から生まれたはずではないか」「政府のお墨付きをもらうことで芸術の自由が損なわれるのではないか」といった声が上がり、布袋はほどなく当該投稿を削除した。しかし現代のSNS社会において、一度発信された言葉はスクリーンショットとして瞬時に拡散し、削除後も議論は続いた。

LOVE PSYCHEDELICO・NAOKIによる反論

4月13日、LOVE PSYCHEDELICOのギタリスト・NAOKI(52)がXを更新し、布袋の(削除済み)投稿に言及するまとめサイトの記事を引用しながらこう述べた。「ハッキリ言っておきたい。全く素晴らしいと思わない」「芸術に政府のお墨付きなんていらない」。

この発言は瞬く間に拡散し、ヤフコメで180件/時を記録。4月13日のエンタメカテゴリにおけるヤフコメランキング1位という結果が示すように、多くの人々の関心と共感を引いた。NAOKIはKUMI(49)とのユニット「LOVE PSYCHEDELICO」でデビュー25周年を迎え、現在開催中のツアーをもって活動休止を発表している中での発言だっただけに、より注目が集まった。ファンからは「さすがNAOKI、芸術家としての信念がある」「ロック精神を守ろうとしている」という称賛の声が上がる一方、「布袋の真意は違うのでは」「個人的な感動を批判するのは行き過ぎ」という意見も聞かれた。LOVE PSYCHEDELICOは2000年のデビュー以来、英語と日本語を交えたロックサウンドで独自のポジションを確立。NAOKIとKUMIの音楽は常に強烈なアーティスティックな意志のもとに作られており、今回の発言も単なる批判ではなく、自らの芸術哲学に基づくものとして多くの人が受け取った。

布袋寅泰とはどんなアーティスト?BOOWYからソロまでの輝かしい軌跡

布袋寅泰のBOOWYからソロ活動45周年に至るまでの輝かしい軌跡を描いたイラストタイムライン。

群馬・高崎から生まれた「ロックの天才」

布袋寅泰は1962年2月1日、群馬県高崎市に生まれた。日本を代表するギタリストであり、ソングライター、プロデューサーでもある。身長187cmという長身と独特のステージングで知られる彼は、今年64歳を迎えてもなお第一線で活躍し続けている。

幼少期からピアノを習っていた布袋だが、14歳のころ友人たちとともにビートルズやディープ・パープルを聴き、T.REXのマーク・ボランのポスターに衝撃を受けてエレキギターに目覚めた。「電流が走るような感覚だった」とのちに語った通り、ギターとの出会いは彼の人生を変えた。独学でギターの腕を磨き、高校在学中から地元でのバンド活動を開始。その圧倒的な才能は周囲を驚かせた。高校を中退(2017年に名誉卒業)してギターに打ち込んだ姿勢は、のちの「反骨するロック魂」を象徴するエピソードでもある。

特筆すべき点として、布袋の母は日本とロシアのハーフであり、父は韓国出身の貿易商だったという出自がある。こうした多様なバックグラウンドが、後に彼の音楽性に独特の色彩をもたらした可能性は高い。英国、アメリカ、アジア各地の音楽的影響を自在に取り込める感受性の源泉は、この複合的なルーツにあるのかもしれない。

BOOWYという革命:日本ロック史に刻まれた伝説

1981年、布袋寅泰は氷室京介、松井恒松、高橋まことらとともに「BOOWY(ボウイ)」を結成。翌1982年にデビューを果たした。

BOOWYの音楽は日本のロックシーンに革命をもたらした。従来の日本語ロックの泥臭さを一掃し、シャープでスタイリッシュなサウンドと洗練されたビジュアルで若者の心を鷲掴みにした。「B・BLUE」「ONLY YOU」「Marionette」「BAD FEELING」「DREAMIN」など、今なお色褪せないヒット曲の数々は、日本のポップカルチャーに深く刻まれている。BOOWYのギタースタイルは独創的で、布袋の奏でる音はリズムとメロディを同時に体現するものだった。カッティングギターの鋭さ、リフの切れ味、ソロのダイナミクスが融合した「布袋節」は、後進のギタリストたちに多大な影響を与えた。

1988年1月4日、横浜・日本武道館での解散コンサートは、伝説的な一夜として語り継がれている。チケットは瞬時に完売し、当日券を求めて多くのファンが列をなした。テレビ中継での視聴率も驚異的な数字を記録し、社会現象となった。BOOWYの解散はひとつの時代の終わりを意味したが、それはまた新たな始まりでもあった。当時の影響を受けた世代が今、「BOOWY世代」として中高年層のロックファンの核を成している。この世代が今回の炎上報道に高い関心を持ったのは、自分たちの青春を彩ったギタリストへの深い愛着があるからにほかならない。

ソロ活動と「GUITARHYTHM」シリーズの確立

BOOWYの解散後、布袋は1988年にソロデビュー。アルバム「GUITARHYTHM」は彼のソロキャリアの代名詞となるシリーズの幕開けであった。ギター一本で描き出すリズムと音の世界観は「ギタリズム」という独自の概念を生み出し、今日まで30年以上にわたって進化し続けている。

国内での成功にとどまらず、布袋は国際的な舞台にも積極的に進出した。2003年公開のクエンティン・タランティーノ監督作品「キル・ビル」に楽曲「BATTLE WITHOUT HONOR OR HUMANITY(新仁義なき戦いのテーマ)」が使用されたことで、その名は世界中に知れ渡ることになる。この曲は以降、無数の映画・テレビ番組・スポーツイベントで引用され、布袋の代表作として世界的に認知されている。格闘技のリングBGMから海外のドラマ、コマーシャルまで、この曲を耳にした人は世界中に数億人はいるといわれる。

2012年、布袋は拠点をロンドンに移す。妻の今井美樹、娘の愛紗とともにイギリスで生活しながら、グローバルな視点でアーティスト活動を継続。ロンドンという世界の音楽の中心地に身を置くことで、さらなる進化を遂げた。英語でのコミュニケーション、海外のミュージシャンとの共演、そして世界のシーンとのリアルタイムの接触。これらが布袋の音楽をさらに洗練させた。

2025〜2026年の布袋寅泰:活動45周年を迎えた現在進行形のロックスター

活動45周年を迎え、2025〜2026年も最前線で活躍する布袋寅泰に似たロックスターが、幾何学模様のギターでライブパフォーマンスをしているダイナミックなイラスト。巨大スクリーンには「45th ANNIVERSARY」の文字。

2025年:GUITARHYTHM VIIIリリースと全国29公演ツアー

2025年は布袋寅泰にとって特別な一年となった。4月16日、ソロキャリアの看板シリーズ「GUITARHYTHM」の第8弾となる『GUITARHYTHM VIII』をリリースした。

このアルバムには錚々たる顔ぶれが参加している。ギターの神様と称されるChar、電気グルーヴの石野卓球、そしてTHE YELLOW MONKEYの吉井和哉というそれぞれの分野の第一人者たちとのコラボレーションは、音楽ファンの間で大きな話題を呼んだ。特に吉井和哉は2025年1月にがんの公表という困難を乗り越えており、布袋が彼とのツーショット写真とともに「彼は一度も絶望を口にしなかった」とSNSに投稿したことも感動を呼んだ。年齢を超えたミュージシャン同士の信頼と友情が伝わってくるエピソードだ。

リリースに合わせて行われた全国ツアー「HOTEI the LIVE 2025 GUITARHYTHM VIII TOUR」は29公演を数え、地元・群馬高崎を皮切りに日本全国を巡った。ファンクラブ「beat crazy」会員限定のリクエスト企画「B.C. ONLY +1 2026」も大阪・愛知・東京の4公演で開催され、コアなファンを喜ばせた。さらに2025年8月16日には、大阪・関西万博の特別ライブ「U-NEXT MUSIC FES TOMOYASU HOTEI LIVE in EXPO 2025」にも出演。世界的なイベントの場においても存在感を発揮した。

2026年:活動45周年記念ライブと自主フェス開催

2026年、布袋寅泰はアーティスト活動45周年という節目を迎えた。その幕開けを飾るスペシャルライブ「HOTEI 45th CELEBRATION GIGS」が1月31日と2月1日、京王アリーナTOKYOにて開催された。半世紀近くにわたる活動の集大成ともいえるこのライブは、長年のファンにとって感動の二夜となった。45年という月日が積み重なった音楽と、変わらぬパッションを感じさせるパフォーマンスに、会場は熱狂に包まれた。

さらに2026年7月には、布袋が初めて自ら主催する音楽フェス「HOTEI FES」の開催が発表された。会場は彼の故郷・群馬のGメッセ群馬。7月25日(土)にはももいろクローバーZ、10-FEET、MAN WITH A MISSION、26日(日)にはアイナ・ジ・エンド、BUCK-TICK、THE YELLOW MONKEYが出演予定というラインナップは、ロックファンのみならず幅広い音楽ファンの注目を集めた。「故郷への恩返し」とも言えるこのフェスは、布袋のキャリアにおけるひとつの集大成となりそうだ。

2026年3月にはAI作曲についてのインタビューも話題になった。布袋は「AIは便利だけど、作りながらの過程が音楽にはとても大事」と語り、若い音楽学習者たちへのメッセージを発信。テクノロジーが音楽の世界を変えつつある時代においても、「創作の本質」を見据える姿勢が際立っていた。また「料理をしながら曲を作ってしまう」というエピソードも披露し、布袋が生活の中から常に音楽を生み出し続けていることを改めて示した。AIによる音楽生成が普及するなか、「人間が手と心で作り出す音楽の価値」を真剣に考えているアーティストが布袋だという事実は、今後のGUITARHYTHMシリーズにも大きな示唆を与えている。

「芸術に政府のお墨付きはいらない」NAOKIの発言背景:芸術と政治はどう関わるべきか

NAOKIの「芸術に政府のお墨付きはいらない」発言の背景にある、芸術と政府の適切な関係性を考える概念図。

ロックの精神と「反体制」の歴史

NAOKIの「芸術に政府のお墨付きなんていらない」という言葉は、ロックというジャンルの本質に根ざしている。

ロック音楽は1950年代、アメリカの若者文化から生まれた。既存の価値観や体制への反発が原動力であり、セックス・ピストルズのパンクロック、ボブ・ディランのプロテストソング、ジョン・レノンの反戦活動など、ロックは常に「権力への異議申し立て」としての側面を持ってきた。ディープ・パープル自身も、1960年代末のカウンターカルチャーの文脈から生まれたバンドだ。

そのディープ・パープルが政府(首相)を訪問し、それを「素晴らしい」と称賛することへの違和感は、ロックの精神史を知る人々にとっては自然な反応かもしれない。芸術が体制のお墨付きを得ることで、その批判的な力を失ってしまうのではないかという懸念は、アーティストとして真剣に向き合うべき問いだ。実際、欧米の音楽界でも政治家と音楽家の関係については長年議論が続いており、自分の楽曲を政治的な場面で使用することを許可しないアーティストも数多くいる。

日本における「芸術と政治」の複雑な関係

一方で、日本の文脈においては、「政府と芸術の関係」はさらに複雑なニュアンスを持つ。文化庁などを通じた芸術支援の在り方、公的施設でのアーティスト活動、そして政治家が音楽や文化を愛好することの意義など、様々な視点から考える必要がある。

高市首相がディープ・パープルのファンであるという個人的な趣味と、政府による芸術へのお墨付きを混同すべきではないという意見もある。一首相が好きなバンドに会いたいという気持ちは、政治的な意図とは別次元の話かもしれない。しかし公的な立場での面会である以上、それが政治的メッセージとして受け取られる可能性は常に存在する。

布袋の投稿が炎上した背景には、こうした日本社会における「芸術と権力」の距離感に対する敏感さが反映されているとも言えるだろう。文化に対して政治が積極的に関与しようとする動きへの警戒感は、過去の歴史的経緯からも根強く残っている。

布袋寅泰の「真意」とは何だったのか

布袋が投稿を削除したことからも、彼が予期せぬ反響に戸惑ったことは明らかだ。しかし、布袋の投稿の真意を考える上で見落とせないのは、彼とディープ・パープルとの「個人的な縁」だ。

14歳のころ、ディープ・パープルの音楽が布袋をギターの道へと導いた。「GUITARHYTHM」というシリーズ名は、ギター(Guitar)とリズム(Rhythm)を組み合わせた造語だが、そのインスピレーションの源流にはディープ・パープルのような英国ハードロックがある。布袋にとってディープ・パープルは「師匠」とも言える存在であり、その師匠が日本の首相に迎えられたことへの純粋な感動だった可能性は十分にある。

芸術家としての信念と、ファンとしての感情。その間で揺れる複雑な心情が、削除という行為に表れているのかもしれない。布袋は2014年に吉川晃司との対談で「一見バラバラに見えることも、自分の中では全部つながっている」と語っており、今回の投稿も彼の内側では何らかの文脈でつながっていたのだろう。それが伝わらなかったとすれば、SNSというメディアの限界とも言える。

布袋寅泰のSNS炎上から見えた「ロック精神」と現代における音楽人の発信責任

布袋寅泰のSNS炎上を通じて考える、現代の音楽人の発信責任と「ロック精神」、そしてAI作曲に対する姿勢のイラスト。

SNS時代における著名人の発信リスク

今回の炎上が改めて浮き彫りにしたのは、SNS時代における著名人の発信リスクだ。布袋のような世界的なアーティストが、個人的な感想として発信した一言がここまでの波紋を呼ぶという事実は、現代の情報環境の複雑さを示している。

投稿を削除しても、スクリーンショットはすでに拡散している。さらにそれを引用したまとめサイトが生まれ、ヤフコメでの議論へとつながる。一つのツイートが、数日後も議論を生み続ける。これは芸能人だけでなく、社会的影響力を持つ人物すべてが直面している現実だ。特に政治・社会的なテーマに関連するコメントは、読む人の立場によって全く異なる解釈が生まれるため、より慎重な発信が求められる時代となっている。

とはいえ、アーティストがSNSで自分の声を直接発信できるという環境は、かつてなら考えられなかった民主的なコミュニケーション手段でもある。メディアやレコード会社を通さずに、直接ファンに語りかけられる。その双方向性こそ、SNSの本質的な価値だ。問題は「どう使うか」であり、炎上を恐れて沈黙することが必ずしも正解とは言えない。

それでも「発信する」ことの価値

布袋寅泰がSNSで発言することの価値は依然として高い。64歳の今なお現役として世界最高水準のギタープレイを披露し、ロンドンから日本のシーンに影響を与え続ける布袋の発言は、多くのファンや音楽関係者にとって貴重なインサイトだ。

AI作曲に対する持論「作りながらの過程が音楽にはとても大事」は、テクノロジーに振り回される現代の音楽制作者たちに根本的な問いを投げかけた。若者へのメッセージ、そして今回の政治と芸術をめぐる発言(たとえ炎上したとしても)は、彼の「アーティストとしての視点」を示している。炎上は確かに痛手かもしれない。しかし、64歳のギタリストの一言が社会的な議論を引き起こすという事実は、布袋寅泰という存在の影響力を逆説的に証明している。

布袋寅泰が体現する「ロック的生き方」

BOOWYの解散から38年。布袋寅泰はソロアーティストとして、45年間にわたって第一線に立ち続けてきた。故郷・群馬を離れ、東京、そしてロンドンへ。常に変化と挑戦を選んできた彼の生き方そのものが、ロック的と言えるかもしれない。

体制への反骨、自由への希求、個人の表現と社会との摩擦。今回の炎上はまさにその「ロック的なエネルギー」が、予期せぬ形で噴出した出来事だったと解釈できる。布袋がどんな意図で投稿し、なぜ削除したのかは本人のみが知ることだが、この一連の出来事が多くの人々に「芸術とは何か」「政治と文化の関係はどうあるべきか」を考えさせるきっかけとなったことは確かだ。

2026年7月の「HOTEI FES」、故郷・群馬での初主催フェスを前に、改めて問われた「ロックと社会の関係」。布袋寅泰という存在が今後も日本の音楽シーンに何をもたらすのか、その目は世界に向き、しかし心は常に群馬の風景とともにあるのかもしれない。

BOOWYを解散し、ロンドンに移住し、常に環境を変えながら自らを更新し続けてきた布袋寅泰。その生き方は「ロック的」という言葉を超えて、「人間としての理想の生き方」のひとつを示しているとも言える。64歳にして自主フェスを主催し、新しいアルバムを出し続け、SNSで世界と直接つながりながら、地元・群馬への愛情も忘れない。そのバランス感覚こそ、布袋寅泰という稀有なアーティストの本質なのかもしれない。

布袋寅泰と今井美樹:ロンドンで育む家族とアーティストとしての絆

布袋寅泰と今井美樹夫妻がロンドンで育む、家族とアーティストとしての絆を描いたイラスト。

布袋寅泰の私生活についても触れておこう。現在の妻は、シンガー・ソングライターの今井美樹(62)だ。今井は「PRIDE」「瞳がほほえむから」などの名曲で知られる日本を代表する女性アーティストであり、二人は1999年に結婚した。2002年には娘・愛紗が誕生し、2012年からはロンドンで家族揃って暮らしている。

布袋が自身のSNSに投稿した妻・今井美樹との旅先でのショットや、ロンドンの自宅を紹介する映像は、常にファンの間で大きな反響を呼んでいる。二人の関係はロンドン移住後もより深まっており、お互いのアーティストとしての活動を尊重しながら共に成長している姿は、多くのカップルの憧れの的でもある。

今井美樹自身も2022年にテレビ番組「徹子の部屋」に出演し、布袋との料理や日々の暮らしについて語った。布袋が手料理の写真を披露するなど、海外在住という特別な環境の中でも「家族の温かさ」を大切にしている二人の姿は、布袋の音楽の底流にある「人間としての豊かさ」を物語っているようだ。64歳になった今も、愛する家族との生活がアーティスト活動のエネルギー源であることは間違いない。

まとめ:今回の「炎上」が問いかけるもの

布袋寅泰の「首相×ロック」投稿炎上騒動が社会に問いかけるものをまとめたイラスト。

2026年4月の「炎上」は、一つのSNS投稿が社会に波紋を広げる象徴的な出来事だった。そして同時に、布袋寅泰という存在の大きさを改めて社会に知らしめた一件でもある。

布袋寅泰の「首相×ロック」投稿が引き起こした炎上は、単なるSNSの騒動ではなかった。日本のロック史を代表するギタリストと、デビュー25周年を節目に活動休止を発表したLOVE PSYCHEDELICOのNAOKIという、二人の優れたミュージシャンの間に起きたこの論争は、「芸術と政治の関係性」「アーティストの社会的発信責任」「ロック精神とは何か」という本質的なテーマを改めて社会に提起した。

布袋寅泰の45年にわたるキャリアは、常に進化と挑戦の連続だった。BOOWYで日本のロックを変え、ソロでGUITARHYTHMを確立し、ロンドンに拠点を移しながら世界を視野に入れ活動し続けている。「キル・ビル」の楽曲で世界中にその名を知らしめ、「HOTEI FES」では初めて地元・群馬での主催フェスを実現させようとしている。その布袋の一言が社会的な議論を巻き起こすという事実は、彼のアーティストとしての影響力が今なお健在であることを示している。また、今回のように炎上・議論が起きることで、若い世代が初めて布袋寅泰という名前を調べ、BOOWYの音楽にたどり着くこともある。炎上は時に「入口」にもなる。それが結果として、日本のロック史への関心をつなぐ役割を果たすならば、この騒動にも意義があると言えるかもしれない。

今後も布袋寅泰の活動から目が離せない。2026年7月の「HOTEI FES」、そしてこれからも続くであろうGUITARHYTHMの旅。ロック的な精神を持つこのギタリストが次に私たちを驚かせるのはいつだろうか。炎上があろうとなかろうと、布袋寅泰という存在はこれからも日本の音楽シーンを揺さぶり続けるはずだ。政治と芸術の境界線。その問いへの答えは、布袋自身のこれからの活動と言葉の中に隠されているのかもしれない。

ロックスターの言葉は時に詩であり、時に爆弾であり、時に鏡だ。布袋の一言が社会に投げかけた問いは、今後も私たちの心に残り続けるだろう。芸術は政府のお墨付きを必要とするのか。それとも、民衆の心に直接届く力こそが芸術の本質なのか。

最後に、今回の炎上を通じて改めて感じるのは、日本のリスナーが「音楽」というものを真剣に受け止めているということだ。エンタメランキング1位に躍り出るほどの関心が集まったという事実は、布袋寅泰とNAOKIという二人のアーティストへの深いリスペクトの裏返しでもある。彼らが発する言葉や音楽に対して、社会が本気で向き合っている。それは日本の音楽文化の豊かさを示すものであり、これからも私たちは彼らの音楽と言葉から目を離さずにいたいと思う。


👉高橋まことも炎上していた・・・

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この記事を書いた人

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