純烈のメンバーとして活躍する後上翔太さんの実家は、東京都国分寺市にあり、父親はメガバンクのエリート銀行員という超セレブな家庭だったことで知られています。
皆さんは、後上翔太さんにかけられた教育費の総額がなんと5707万6441円に達していたことをご存知でしょうか。日本の平均的な養育費(約2498万円)の2倍以上という驚きの数字です。体操教室の入会金30万円、100万円のピアノ、70万円のパソコン…。数々の「お坊ちゃまエピソード」は、話題を集め続けています。
この記事では、後上翔太さんの実家がある国分寺市の詳細から、父親・後上勝さんの職業・銀行名の噂、母親のプロフィール、純烈加入後の実家との関係、そして横山由依さんとの結婚後に実家へ帰省したエピソードまで、徹底的に解説します。
後上翔太の実家はどこ?国分寺市の場所と環境を解説

実家が東京都国分寺市と判明した経緯
後上翔太さんの実家は、東京都国分寺市にあります。
実家の場所が判明したきっかけは、後上翔太さん自身がX(旧Twitter)に投稿した「本日は愛する地元国分寺でのLIVEでした☆」という一言でした。この投稿がファンの間に広まり、出身地が国分寺市であることが広く知られるようになりました。
後上翔太さんは2019年のお正月頃まで国分寺の実家で生活しており、芸能活動が軌道に乗るまでの長い間、実家から仕事場に通い続けていました。国分寺駅から新宿まではJR中央線でわずか約20分というアクセスの良さも、長年の実家暮らしを続けられた理由のひとつでしょう。
国分寺市とはどんな街?「都会のオアシス」の環境
国分寺市は、東京都の多摩地区に位置する自然豊かな街です。「都会のオアシス」とも呼ばれ、緑が多く落ち着いた住宅街が広がるエリアとして知られています。
国分寺市の主な特徴をご紹介します。
- JR中央線沿線で、国分寺駅から新宿まで約20分と交通利便性が高い
- 「お鷹の道」や「殿ヶ谷戸庭園」など自然豊かなスポットが充実している
- 東京経済大学・東京学芸大学など学術的な雰囲気を持つ大学が点在する
- 閑静な住宅街が多く、地価の高いエリアとして知られている
後上翔太さんの実家は、国分寺市の中でも「隣が畑」という環境にあったと伝えられており、都会の喧騒から少し離れた、のびのびとした土地柄が後上翔太さんの穏やかな人柄を育んだのかもしれません。
「おかえり感がある」地元への愛着エピソード
後上翔太さんは地元・国分寺への愛着を繰り返し語っています。「国分寺駅に降りると、おかえり感がある」とも発言しており、地元に対する強い思い入れが感じられます。
2025年の正月には結婚した横山由依さんとともに国分寺の実家を訪れており、今でも「帰る場所」として国分寺市との繋がりを大切にしていることが伝わってきます。
後上翔太の実家はお金持ち!7つのお坊ちゃま伝説エピソード

後上翔太さんの実家がいかに裕福だったかを示す、驚きのエピソードが数多く残されています。2020年放送のTBS番組「親のおカネ、子知らず〜親がかけたおカネ知ってますか?〜」では、純烈リーダー・酒井一圭さんが後上翔太さんの父親を訪問し、これまでに使われた費用を算出しました。
以下では、後上翔太さんにまつわる7つのお坊ちゃまエピソードをご紹介します。この内容は、実家の経済力を如実に物語っています。
①体操教室は入会金30万円・月謝4万円の超高額教室
後上翔太さんは幼稚園の頃から体操教室に通い始めましたが、その教室が紹介制の超高額クラスでした。
| 費用項目 | 金額 |
|---|---|
| 入会金 | 30万円 |
| 月謝 | 4万円 |
| 個人レッスン料(1時間) | 1万円 |
一般的な体操教室の月謝が5,000〜10,000円程度であることを考えると、いかに破格の費用かがわかります。この体操教室は小学校受験(東京学芸大学附属小金井小学校合格)のための準備として通ったものでした。
②100万円のピアノ・70万円のパソコンを買い与えられた
小学校入学後も、後上翔太さんへの投資は続きました。中学受験のためにピアノ教室と野球教室に通い始め、練習用のピアノとして購入されたエレクトーンはなんと100万円。また絵を描くためのパソコン(当時)は70万円にのぼったと言います。
現在の感覚でも高額な出費ですが、当時の70万円のパソコンは最高スペックモデルに相当するほどの金額です。これほどの費用を惜しまない家庭の経済力は、一般家庭の水準を大きく上回るものでした。
③難関「東京学芸大学附属小金井小学校」にお受験合格
後上翔太さんは幼稚園から続けた体操教室の成果もあり、国立の難関校・東京学芸大学附属小金井小学校に見事合格しました。
この小学校は国立大学法人の附属校として入試競争率が高く、厳しい試験を突破する必要がある難関校として知られています。合格に向けて惜しみなく教育費を投じた両親の熱意と、それに応えた後上翔太さんの努力が実を結んだ瞬間でした。
一人っ子として医師になることを期待されていた後上翔太さんは、この合格を機に高学歴コースを歩み始めます。
④携帯代17年間・総額204万円を父親が全額負担
驚きのエピソードはさらにあります。後上翔太さんの携帯電話料金は、17年間にわたって父親・後上勝さんが全額負担し続けていたのです。
その累計金額を算出すると、なんと204万円。月均にするとおよそ1万円ですが、17年間一度も自分で払わなかったというのは、一般的な社会人の感覚ではなかなか想像しにくいエピソードです。
番組でこの事実が明らかになったとき、スタジオから驚きの声が上がりました。後上翔太さんは「父が払うと言うから…」と照れながら語り、その甘やかされぶりが笑いとともに話題になりました。
⑤純烈加入後も月10万円のお小遣いをもらい続けた
2007年に純烈に加入した後も、後上翔太さんへの支援は続きました。芸能活動初期の月収はわずか約2万円。とても自活できる水準ではなかったため、2019年頃まで実家暮らしを継続しながら、その間毎月10万円のお小遣いを親からもらい続けていました。
月収2万円の状況で月10万円の生活資金があったということは、実家の経済的サポートが後上翔太さんの活動継続に直結していたことを示しています。芸能界という不安定な世界で諦めずにいられたのは、この実家の支援があってこそだったと言えるでしょう。
⑥教育費の総額は平均の2倍超・5707万6441円の衝撃
番組でこれらすべての費用を合計した結果、両親が後上翔太さんにかけてきた総額は5707万6441円という驚きの数字になりました。
日本における子ども一人の平均養育費(大学卒業まで)は約2498万円とされています。後上翔太さんへの費用はその約2.3倍に相当します。
番組を見ていた後上翔太さんは「(自分が親になったら)してもらったことをしてあげられる自分になりたい」と語り、両親への深い感謝と、自分の子どもへの愛情を繋いでいく決意を示しました。
父親のコメントも印象的でした。「よく考えてみると、後上にやらせてきたことは全部親が敷いたレール」と振り返りつつ、息子への「応援するしかない」という言葉には、深い愛情が滲んでいました。
⑦2019年まで実家暮らし!33歳まで国分寺の実家に住んでいた
後上翔太さんが実家を出たのは2019年のお正月を最後にしてから。つまり33歳になるまで国分寺の実家で親と同居していたことになります。
純烈に加入した2007年から数えると、実に12年間にわたって実家から仕事場に通い続けたことになります。この「33歳まで実家暮らし」というエピソードが、後上翔太さんの「お坊ちゃまキャラ」をより印象付ける要素のひとつになっています。
なお2019年以降は一人暮らしを始め、横山由依さんとの結婚後は都内のタワーマンションで新生活を送っていると報じられています。
後上翔太の実家の父親・後上勝はどんな人?銀行名・年収を調査

父親・後上勝はメガバンク勤務のエリート銀行員
後上翔太さんの父親は「後上勝(ごがみまさる)」さんといい、日本のメガバンクに勤めるエリート銀行員として知られています。
後上翔太さんはSNSで父親への思いを綴ったことがあります。「いつもより早めに出動のため満員電車。周りにはたくさんのサラリーマンの方々。そういや我が家の父も俺より早く家を出ていた。これが週5日とか6日なんだよなー。全国のお父様に脱帽。我が家のお父様に感謝」──この言葉からも、毎朝早く仕事に向かう多忙な父親の姿が目に浮かびます。
後上勝さんはテレビ番組にも何度か出演しており、息子への深い愛情が伝わる姿が印象的でした。
父親の銀行名は三菱UFJか?噂の真相と実態
後上翔太さんの父親・後上勝さんが勤務していた銀行名は、本人や家族から公式に発表されていません。
ネット上では「三菱UFJ銀行ではないか」という情報が広まっていますが、これは確証のある情報ではありません。確かなことは「メガバンク勤務のエリート銀行員」であるという点のみです。
日本の三大メガバンクは以下の3行です。
- 三菱UFJフィナンシャルグループ(三菱UFJ銀行)
- 三井住友フィナンシャルグループ(三井住友銀行)
- みずほフィナンシャルグループ(みずほ銀行)
いずれかのメガバンクに勤めていたことは確かであり、役職や年齢を考慮すると年収は1,000万〜1,500万円程度だったと推測されています。これだけの収入と資産があったからこそ、5700万円超もの教育費を投じることができたのでしょう。
👉同じく父親の職業が話題になった渡邊渚さんのケースも参考になります。
父方一族は全員慶應義塾大学卒!学歴エリート家系の全貌
後上翔太さんの父方の親族は全員が慶應義塾大学を卒業しているという、驚きの高学歴一家です。
慶應義塾大学といえば、早稲田大学と並ぶ日本の私立大学トップクラス。卒業生による「三田会」のネットワークも強固で、金融・ビジネス界に多くのOBが活躍する名門校です。父親の兄弟全員がこの難関大学を卒業しているということは、後上家が高学歴・高収入の家系であることを裏付けています。
実家が裕福な芸能人のエピソードとして比較したい方は、小芝風花さんの実家と家族のエピソードも参考になります。

後上翔太の実家の母親について|医師家系出身の教育ママ

母方の祖父は医師!後上翔太が医者を目指した理由
後上翔太さんの母親は一般人で、表立った情報は多くありませんが、その人物像はエピソードから読み取ることができます。
特筆すべきは母方の祖父が医師であるという点です。医師の家系に育った母親は医師という職業への意識が高く、後上翔太さんも幼い頃から「医者になること」を期待されて育ちました。
実際、後上翔太さんは高校で医学部志望クラスを選択していましたが、高校時代に医者を目指すことを断念。医学部のない東京理科大学工学部に進学したのも、この進路変更の結果でした。
「テレビは1日1時間まで」教育熱心な母のエピソード
後上翔太さんの母親は、厳しさと愛情のバランスを重視する教育方針を持っていました。その代表的なエピソードが「テレビは1日1時間まで」というルールです。
後上翔太さんはSNSにこんな投稿をしています。「夜更かしはするもんじゃない…それもこれも親愛なるジャック・バウアーさんの責任。24ブームが自分の中で再燃。『テレビは1日1時間までよ?』幼き日の母の言葉を守ってみようと思う」。
大人になってからも母親の言葉をユーモアたっぷりに振り返る後上翔太さんの姿に、母親への感謝と敬意が見えます。また、この投稿に対してSNSでは「素敵なお母さん」「翔太くん、愛されて育ったんだね」というコメントが数多く寄せられました。
実家の教育方針が生み出した後上翔太の人格
後上翔太さんの実家の教育方針は「厳しくも愛情深い」という言葉に集約されます。高額な習い事を惜しみなくさせながら、テレビの視聴時間にはルールを設ける。経済的な豊かさの中でも自制心や時間管理の大切さを教える──そのバランスが後上翔太さんの礼儀正しさ、誠実さ、そして高い知性につながっているのではないでしょうか。
後上翔太の学歴を辿る|実家が育んだエリートコース

小学校から大学まで難関校を突破した学歴
後上翔太さんの学歴は、実家の教育熱心さを如実に示しています。以下に学歴をまとめました。
| 学校 | 特徴 |
|---|---|
| 東京学芸大学附属小金井小学校 | 国立附属の難関校(お受験で合格) |
| 桐朋中学校 | 私立の名門男子中高一貫校 |
| 桐朋高等学校 | 内部進学・医学部志望クラスを選択 |
| 東京理科大学 工学部経営工学科 | 現役合格(後に純烈加入のため中退) |
小学校から大学まで一貫して難関校を突破してきた学歴は、後上翔太さんの高い学力と努力の証です。
東京理科大学を中退して純烈に加入した経緯
大学時代の後上翔太さんは、本人曰く「何をやっていたのかこれといって思い出せるものはない」という空虚な日々を過ごしており、茶髪のギャル男に変身してギャルサーに出入りしていた時期もあったといいます。
就職活動中のある日、後の純烈リーダー・酒井一圭さんと共通の知り合いから誘いを受けます。酒井さんが「運がいい人をメンバーに」と探していたところ、後上翔太さんが「車に轢かれたが死ななかった人」として紹介されたというエピソードは有名です(時速60〜70キロのトラックと接触して車は廃車になったものの、後上翔太さんは擦り傷のみで3日で退院したという出来事がありました)。
2007年、「本気でやるなら大学を辞めろ」という酒井さんの言葉を受け、後上翔太さんは東京理科大学を中退して純烈に加入することを決断。この選択は両親への事後報告となり、特に父親から強い反対にあいました。
クイズ番組・プレバト俳句で証明された高い知性
大学を中退した後上翔太さんですが、その高い知性は芸能活動の場でも証明されています。
- 「パネルクイズ アタック25」芸能人大会に出場し、難問を次々と正解
- 「くりぃむクイズ ミラクル9」に準レギュラー的に出演し、論理的思考が光る
- 「プレバト!!」俳句査定で夏井いつき先生から高評価を受け、1回の出演で2ランクアップして特待生に昇格(異例の速さ)
- 「東大王」にインテリ芸能人チームとして出演、東大生相手に互角の早押しを見せた
本人いわく、大学受験も「1日3時間だけ集中して勉強する」「配点や得意・不得意を分析して合格ラインに必要な部分にのみリソースを割く」という合理的な学習法で突破したとのこと。医学部志望クラスにいただけあり、その知性は本物です。
後上翔太の実家と純烈活動の知られざる関係

後上翔太さんが純烈のメンバーとして今日まで活躍できた背景には、実家の存在が大きく関わっています。ここでは、あまり語られない「実家と芸能活動の関係」を掘り下げます。
月収2万円時代を支えた実家の経済力
2007年の純烈加入直後、後上翔太さんの月収はわずか約2万円でした。アルバイトの最低賃金にも届かないこの金額では、自活することはほぼ不可能です。
しかし実家が3つの面で後上翔太さんを支えていました。
- 国分寺の実家に住み続けることで家賃・生活費が不要
- 毎月10万円のお小遣いをもらえる
- 携帯代は父親が全額負担してくれる
この3つのサポートがあったからこそ、収入がほぼない下積み時代を乗り越えることができました。実家の経済力が、純烈の現在の活躍を陰で支えていたと言えるでしょう。
同じく実家のサポートが芸能活動を下支えした事例として、佐野勇斗さんの実家と金持ちエピソードも読んでみると比較になります。

父親との確執と和解──反対から応援へ変わった瞬間
東京理科大学を中退した決断を事後報告で知らされた父親は、当初強く反対しました。銀行マンとして堅実な道を歩んできた父親にとって、息子が大学を辞めて芸能界に飛び込むことは受け入れがたいことだったのでしょう。
しばらく実家にいながらも父親と顔を合わせにくい時期が続き、純烈加入から1年近く父親と満足に話せなかった時期もあったと伝えられています。
しかし後上翔太さんは諦めずに活動を継続。地道な努力が実を結び、2018年には念願のNHK紅白歌合戦に純烈として初出場を果たします。グループの確かな実績を積み重ねていく中で、父親の気持ちも徐々に変化していきました。
転機となったのは、父親が息子のライブ会場に足を運んだ日のことです。それまで反対していた父親が、自らステージに立つ息子の姿を見て心を動かされ、以来応援する立場へと変わっていったといいます。
この「父と子の和解」のエピソードは、後上翔太さんのストーリーの中でも特に胸に響く部分です。
2019年に独立!一人暮らし開始で自立した後上翔太
2019年のお正月を最後に、後上翔太さんは国分寺の実家を出て一人暮らしを始めます。純烈加入から12年が経過し、グループとしての人気も安定してきた時期のことでした。
2019年以降は実家からの金銭的支援も基本的になくなり、純烈の活動収入で生活するようになります。この一人暮らしのスタートは、後上翔太さんが芸能人として一人前になったことを示す大きな節目でもありました。
後上翔太の実家にまつわるその他のエピソード

いとこ・後上千洋はモデル活動中の芸能一家
後上翔太さんには、モデルとして活躍するいとこがいます。それが後上千洋(ごがみ ちひろ)さんです。
後上千洋さんは1998年6月19日生まれ、身長176cmのスタイル抜群のモデル。美容業界のマッチングサービス「coupe」でサロンモデルとして活動し、ABEMA番組「ヒロミ・指原の恋のお世話始めました」にも出演するなど注目を集めています。
後上翔太さんと顔立ちが似ているとも言われており、ファンの間では「さすが血筋」との声もよく聞かれます。歌謡グループで活躍する後上翔太さんと、モデルとして活動する後上千洋さん。まさに「芸能一家」の名にふさわしい関係です。
若年性肺気腫が発覚!肺年齢55歳の衝撃と禁煙宣言
後上翔太さんには、健康に関する深刻なエピソードもあります。
20歳から1日20本のタバコを吸い続けるヘビースモーカーだった後上翔太さん。2019年に受けた人間ドックで若年性肺気腫と診断され、明かされた「肺年齢」が実年齢(32歳)より23歳も上の「55歳」という衝撃的な数値でした。
このとき、リーダーの酒井一圭さんから「やめないなら後上抜きで活動する」という強い言葉をかけられ、後上翔太さんは禁煙を決意します。以来タバコを断ち切り、健康管理に真剣に向き合うようになりました。
その後の変化は目覚ましく、2024年には「FNS27時間テレビ 100キロサバイバルマラソン」で過酷な気温の中、100kmを完走して8位でゴール。2025年3月には東京マラソンに初挑戦し、4時間47分49秒で完走しました。若年性肺気腫から完全に立ち直り、むしろアスリート的な一面まで見せるようになった後上翔太さんの変化は、多くのファンに勇気を与えています。
後上翔太の現在と実家の関係|横山由依との結婚後

結婚後初の正月は横山由依の運転で実家へ帰省
2024年12月2日、後上翔太さんは元AKB48・2代目総監督の横山由依さんとの結婚を発表しました。
ふたりの出会いは2023年9月の明治座「純烈公演」での共演。後上翔太さんは売れない役者の役、横山由依さんはハリウッド女優の役を演じ、稽古や本番を通じて自然と心が近づいていきました。交際期間を経て、翌2024年の年末に結婚を発表しています。
結婚後初めて迎えた2025年の正月、後上翔太さんは横山由依さんとともに国分寺の実家を訪れました。後上翔太さんは運転免許を持っていないため、横山由依さんが実家まで運転して連れていってくれたというほほえましいエピソードが話題になりました。
「両親がすごく喜んでた」──愛された一人息子の温かいエピソード
帰省後、後上翔太さんは取材の場で「(結婚後)初めて実家に帰ったんですが、両親もすごく喜んでいた」と明かしました。
長年一人っ子として深い愛情を注がれてきた息子に、ついに人生のパートナーができた。かつては芸能界入りに反対していた父親も、今は息子の幸せを心から祝福しています。5700万円以上をかけて育てた一人息子の晴れ姿を見た両親の喜びは、ひとしおだったことでしょう。
横山由依さんが実家の両親ともうまく交流している様子も伝わっており、後上翔太さんにとって国分寺の実家は、今でも大切に「帰る場所」として機能し続けています。
👉結婚相手の横山由依さんの身長やスタイルについては横山由依の身長・スタイルを徹底解説でまとめています。
まとめ
後上翔太さんの実家について、この記事でわかったことをまとめます。
- 実家は東京都国分寺市の閑静な住宅街(JR中央線・新宿から約20分)
- 後上翔太さん自身のSNS投稿「愛する地元国分寺」から実家の場所が判明した
- 父親・後上勝さんはメガバンク勤務のエリート銀行員。父方の親族は全員慶應義塾大学卒
- 母親は医師家系の出身で教育熱心。「テレビは1日1時間まで」などのルールを設けていた
- 幼稚園から大学まで難関校を突破し、教育費の総額は5707万6441円(平均の約2.3倍)
- 体操教室は入会金30万円、100万円のピアノ、70万円のパソコンなど驚きのエピソードが多数
- 純烈加入後も33歳まで実家暮らしを続け、月10万円のお小遣いと携帯代負担を受けていた
- 中退・芸能界入りで父親と確執があったが、ライブ観覧がきっかけで和解
- 2024年12月に横山由依さんと結婚し、2025年の正月には夫婦で国分寺の実家へ帰省
後上翔太さんの「お坊ちゃまキャラ」は単なるイメージではなく、実際のエピソードに裏打ちされた本物でした。しかしその背景には、両親からの深い愛情と信頼があります。そしてその愛情に応えるように、下積み時代の苦労を乗り越えて今の姿があるのです。
実家の豊かさ、父との確執と和解、禁煙という人生の転機、そして横山由依さんとの温かな結婚生活。これからも後上翔太さんの活躍とその人生のストーリーから目が離せません。


コメント
コメント一覧 (5件)
[…] ユウタンぶろぐ 後上翔太の実家は国分寺の豪邸!父親はエリート銀行員・教育費5700万円の真相【2026年最新版】 純烈・後上翔太さんの実家は東京都国分寺市。父親はメガバンクのエ […]
[…] ユウタンぶろぐ 後上翔太の実家は国分寺の豪邸!父親はエリート銀行員・教育費5700万円の真相【2026年最新版】 純烈・後上翔太さんの実家は東京都国分寺市。父親はメガバンクのエ […]
[…] ユウタンぶろぐ 後上翔太の実家は国分寺の豪邸!父親はエリート銀行員・教育費5700万円の真相【2026年最新版】 純烈・後上翔太さんの実家は東京都国分寺市。父親はメガバンクのエ […]
[…] 後上翔太さんの実家や家族関係については、後上翔太の実家は国分寺の豪邸!の記事で詳しく解説していますので、ご興味のある方はぜひご覧ください。 […]
[…] また、後上翔太の父親はエリート銀行員?という記事でも触れているように、芸能人の親の職業については根拠のない憶測が広まりやすい傾向があります。本人の証言を最も信頼できる […]