高木姉妹の身長差は9cm|3きょうだいの体格を比較

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高木姉妹の身長差9cmと小柄な兄のエピソードを解説するブログアイキャッチ画像

高木姉妹の身長差は9cmです。姉の髙木菜那さんが155cm、妹の髙木美帆さんが164cm。体重では10kgの開きがあります。

ただ、この記事で本当に伝えたいのは、その数字そのものではありません。

高木家で身長に悩んでいたのは、姉だけではなかったのです。3きょうだいの長男である兄も小柄で、小学6年生のマラソン大会で、自分より背の高い子に負けたくない一心でわざと転んだことがありました。妹の菜那さんは後年、正反対の結論にたどり着きます。「身長が低いことを負けた言い訳にして頑張らないのは違う」と。

皆さんは、この兄妹の分岐点に何があったと思いますか。この記事では、高木姉妹の身長差9cmという数字から始めて、めったに表に出ない兄の話、そして両親が「頑張れ」という言葉を封印するに至った出来事までを、本人の著書と一次資料でたどります。

当ブログでは、髙木菜那さん以外にも【話題の人物まとめページ】で気になる有名人のプロフィールやエピソードを紹介しています。ぜひチェックしてみてください。

目次

高木姉妹の身長差は9cm|菜那155cm・美帆164cm

髙木菜那選手155cmと髙木美帆選手164cmの身長差9cmを比較したイラスト図解

まずは数字を確定させます。ここが曖昧だと、以降の話がすべてぼやけてしまいます。

公式プロフィールで確認する2人の体格

日本オリンピック委員会(JOC)が公開している平昌2018大会の選手プロフィールによると、2人の登録データは次のとおりでした。

項目髙木菜那(姉)髙木美帆(妹)
生年月日1992年7月2日1994年5月22日1歳10か月
身長155cm164cm9cm
体重48kg58kg10kg
出身地北海道中川郡幕別町北海道中川郡幕別町

姉のほうが2歳近く年上でありながら、9cm低い。この関係が、2人のスケート人生に長く影を落とすことになります。

姉・菜那さんの155cmという数字の根拠については、菜那さんの身長を検証した記事で公式サイトやJOCの登録データまで遡って詳しく確かめています。あわせて読んでいただくと、数字の信頼度がよくわかるはずです。

体重差は10kg、BMI差は約1.6

身長と体重からBMI(体格指数)を計算すると、姉妹の違いがもう一段はっきりします。

髙木菜那髙木美帆
BMI約20.0約21.6

差は約1.6です。どちらも日本肥満学会の基準では「普通体重」の範囲に入りますが、スピードスケートという競技で見れば、この差は出力の差に直結します。体が大きいほうが、氷を押し出す力の絶対量を確保しやすいからです。

幼少期の写真では姉のほうが大きかった

意外に思われるかもしれませんが、幼いころの2人は逆でした。

菜那さんは2025年5月30日、妹の誕生日に合わせて幼少期の姉妹写真をInstagramに公開しています。デイリースポーツによると、その写真では姉の菜那さんのほうが背が高く、ファンからは「菜那ちゃんが大きい!」「こんなに身長違いますか!?」という驚きの声が上がりました。

2歳差なのですから、幼少期に姉が大きいのは自然なことです。問題は、それがいつ、どのようにひっくり返ったのかという点にあります。

高木姉妹の身長差はいつ生まれたのか

高木姉妹の身長とスケート記録が小中学校時代に逆転した時期を示すイラスト図解

逆転の時期は、資料を突き合わせるとかなり正確に絞り込めます。しかもその時期は、競技成績の逆転とほぼ重なっていました。

小6の美帆が2歳上の姉の記録を抜いた

女性自身が2018年1月に報じた家族インタビューで、父・愛徳さんはこう振り返っています。

「スケートの成績は、美帆ばかりが取り沙汰されますが、お姉ちゃんも速かったんですよ。小学校のときは、十勝の試合では常に表彰台の真ん中でした」

ところが妹はそれ以上に速く、小学6年生の時点ですでに2歳上の姉の記録を抜いていたといいます。中学に上がると学年別ではなく同じレースで競うようになり、中学1年の妹が中学3年の姉をタイムでも順位でも上回る事態になりました。

父はこう続けています。

「それからは、妹の存在が、お姉ちゃんのコンプレックスになったでしょうね」

菜那の身長は中学2年で止まった

一方の身長です。中日新聞は2018年2月25日の記事で、菜那さんについて「身長の伸びは中学二年生で止まった」と伝えています。

つまり、次の2つがほぼ同時期に起きていたことになります。

  • 小学6年生:妹に競技記録を抜かれる
  • 中学2年生:自身の身長の伸びが止まる

背が伸びなくなった時期と、妹に追い抜かれた時期が重なった。この2つが同時に来たことが、その後の葛藤の重さを決定づけました。

17歳の春「そちらは妹さんですか?」

体格差が周囲の目にどう映っていたかを示す、象徴的な場面があります。

テレ朝POSTによれば、当時17歳だった菜那さんが取材陣から「そちらは妹さんですか?」と声をかけられ、すかさず「姉です。よく間違えられます」と返したことがありました。妹より9cm低い体格のため、姉妹の上下を取り違えられるのが日常だったのです。

「妹じゃなければこんなに苦しまなくてもいいのに」

当時の心境について、菜那さんはCHANTO WEBのインタビュー(2023年11月15日)で率直に語っています。

「なんで妹なのかなって。一番つらかったときは『妹じゃなければこんなに苦しい思いをしながらスケートをしなくてもいいのに』って思っていました」

「だって妹じゃない、他のスーパー中学生に負けたとしても、『あぁすごいなぁ』って思うだけじゃないですか?それが妹だからこそ、苦しかったのかなって思います」

妹の美帆さんは中学3年で2010年バンクーバー五輪の代表に選ばれ、「スーパー中学生」として全国的な注目を集めました。そのとき菜那さんは高校2年生。身長も競技成績も、比べられ続ける立場に置かれていました。

高木菜那の兄はどんな人?3きょうだいの長男・大輔さん

スケートを最初に始めた長男と後ろをついていく高木姉妹の幼少期イラスト

ここまで姉妹の話をしてきましたが、高木家はきょうだい3人です。長男である兄の存在なくして、この一家のスケート人生は始まりませんでした。

職業は中学校教諭

兄の名前は大輔さんです。女性自身が2018年1月に報じた時点で27歳、職業は中学校の教諭と紹介されています。

高木家は5人家族で、家族構成は次のとおりでした(いずれも2026年1月時点の年齢)。

  • 父・愛徳さん(68)
  • 母・美佐子さん(63)
  • 長男・大輔さん(35):中学校教諭
  • 長女・菜那さん(33)
  • 次女・美帆さん(31)

両親ともスケート選手の経験はありません。ごく普通の共働き家庭から、五輪金メダリストが2人生まれたことになります。

高木家で最初にスケートを始めたのは兄だった

そして最も重要な事実がこれです。高木家でスケートを最初に始めたのは、姉妹ではなく兄でした。

女性自身の取材によれば、兄が滑り始めたのを見た小学1年生の菜那さんが「やってみたい」と言い出し、末っ子の美帆さんも5歳から続いたという流れです。菜那さんの公式サイトの経歴にも「7歳から兄の影響でスピードスケートを始め」と明記されています。

金メダリスト姉妹の出発点をつくったのは、表に出ることのない兄でした。

きっかけは清水宏保の長野五輪金メダル

では、その兄は何に触発されて滑り始めたのでしょうか。答えは1998年長野五輪、清水宏保さんの金メダルです。

清水さんは同じ北海道十勝地方の帯広市出身で、長野五輪の男子500mで金メダル、1000mで銅メダルを獲得しました。ここで見逃せないのが、清水さん自身の身長が162cmだという点です。男子スピードスケート選手としては明らかに小柄で、それでも世界の頂点に立ちました。

小柄な体で勝った選手に憧れて、小柄な兄がスケートを始め、その背中を追った妹が155cmで五輪2冠を獲る。高木家の物語は、最初から「小さいこと」と切り離せない形で始まっていました。

兄の身長は公表されていない|わかっていること・いないこと

高木菜那選手の兄の身長に関する情報と事実関係をまとめたイラスト図解

ここで、はっきりさせておくべきことがあります。兄・大輔さんの身長について検索されている方も多いのですが、結論から言えば具体的な数値は公表されていません

「身長が小さかった」という記述は本人の著書にある

数値はないものの、体格に関する記述は存在します。菜那さんの初の著書『7回転んでも8回起きる』(徳間書店、2026年2月7日刊行)に、小学生時代の兄について「身長が小さかった兄は」という一文が出てきます(Number Web・ダイヤモンド・オンラインの抜粋掲載による)。

ただしこれは小学6年生当時の話です。成人後の身長がどうなったかは、この記述からはわかりません。

現在の身長も体重も公表されていない

大輔さんは一般人であり、競技団体への登録もありません。したがって菜那さんや美帆さんのように、JOCの選手プロフィールで身体データを確認する手段がないのです。

インターネット上には推測値を挙げているページも見られますが、信頼できる出典を確認できませんでした。この記事では「わかりません」とはっきりお伝えしておきます。

2026年に2度公開された3ショットからわかること

一方で、2026年に入って兄の姿が2度公になり、話題になりました。

時期内容反響
2026年3月5日妹・美帆さんの現役引退表明を受け、菜那さんが実兄を初公開した兄妹3ショット「私が1番年下に見えなくもない笑」「美帆と兄が似てるよね」
2026年8月4日美帆さんの国民栄誉賞受賞を祝い、幼少期の3きょうだい写真を投稿「ほっこりする」「お兄さんもそっくり!」

3月の投稿に菜那さん自身が添えた「私が1番年下に見えなくもない笑」というコメントは、3人が並んだときに菜那さんが最も小さく見えることを示しています。8月の写真は、スタイをつけた美帆さんとハローキティのTシャツを着た菜那さんの間に兄が並び、3人ともアイスキャンディーを食べているという幼少期の1枚でした。

数値はわからなくても、こうした写真が「高木菜那 兄」という検索が生まれた直接の理由になっています。

身長が小さかった兄がマラソン大会でわざと転んだ日

小学校のマラソン大会で小柄な少年がコース上で転ぶ様子のドラマチックなイラスト

ここからが、この記事でいちばんお伝えしたい話です。高木家の教育方針を決定づけた、たった一度の出来事があります。

小5まで優勝し続けた兄

菜那さんの著書によれば、兄はきょうだいの中で一番運動神経がよく、走るのが好きな子どもでした。地元の札内北小学校のマラソン大会では、小学5年生までずっと優勝を続けています。

母・美佐子さんはその姿を心から喜び、「頑張ろうね」と励ましながら一緒に走るなど、熱心に応援していました。ごく普通の、愛情深い親の姿です。

小6で「わざと転んだ」理由

ところが6年生のとき、事態が変わります。菜那さんは著書でこう明かしています。

でも、6年生になると、身長が小さかった兄は、自分より身長が大きい子たちに負けてしまうかもしれないと思い、わざと転んで、「転んでしまったから優勝できなかった」という振りをしたんです。

負けるかもしれないと思った瞬間に、勝負そのものから降りたわけです。しかも「転んだから負けた」という言い訳まで用意して。身長という、自分では変えられない条件を前にして、小学6年生の子どもが選んだのがこの方法でした。

母が下した決断「頑張れと言わない」

この出来事に、母・美佐子さんは強い衝撃を受けます。

それで母は、「私が応援しすぎたせいかもしれない。親のエゴで子どもにスポーツをやらせてはいけないんだ」と感じたそうです。

頑張って結果を出せば子ども自身が喜ぶはずだと信じて応援してきた。ところがそれが兄にはプレッシャーになり、1位が取れないなら意味がないと転ぶような行動につながってしまった。両親は話し合い、次の3つを決めます。

  1. 「頑張れ」と言わない
  2. 関与しすぎない
  3. そっと見守る

以後、高木家では練習に付き添わず送り迎えだけにし、優勝しても五輪出場が決まっても「子どもより喜ばない」ことを徹底したといいます。ダイヤモンド・オンラインの記事タイトルにある「両親が決して言わなかった4文字」とは、この「頑張れ」のことでした。

後年判明した本当の理由

この話には、思わず笑ってしまう続きがあります。菜那さんは著書でこう書き添えています。

でも、最近判明したのですが、実は、兄は母のプレッシャーなんか全然背負っていなくて、単に負けるのがイヤだったから転んだ、とのことでした(笑)。

母の推測は、少なくとも兄の自己申告とは違っていたわけです。それでも菜那さんは、この出来事の意味をこう受け止めています。

真相はどうあれ、私が親のプレッシャーを感じることなく自分の意志で自由にスケートができたのは、この出来事があったおかげなのです。

兄が転んだ日がなければ、両親の方針は変わらず、菜那さんの競技人生も違うものになっていたかもしれません。きょうだいで一番小さかった兄の「逃げ」が、結果として妹たちの自由をつくったという、なんとも言えない因果になっています。

高木姉妹を育てた高木家の3つの教え

言い訳をしない・本気でやる・支え合うという高木家の3つの家庭方針を表すイラスト

「頑張れと言わない」以外にも、高木家には子どもたちに徹底したルールがありました。金メダリストを2人育てた家庭の方針として、参考になる部分が多くあります。

やるなら本気でやる、やらないならやめる

菜那さんはCHANTO WEBの取材で、高木家のルールをこう説明しています。

「高木家のルールとして『やるなら本気でやる、やらないならやめる』というのがありました」

姉妹は幼少期、スケートのほかにサッカーとヒップホップダンスも習っていました。小学生のころは夏に週3〜4日サッカー、スケートは週1日程度。冬になると毎日スケート、という生活だったといいます。

一方で、結果そのものを責められたことは一度もなかったそうです。

「たとえばレースで負けたときに『次は一番を取るためにもっと練習しなさい』とは一度も言われなかったですね」

他の競技を言い訳にしない

2つのスポーツを掛け持ちすることについては、明確な条件がつけられていました。菜那さんの著書によると、両親の言い分はこうです。

「1年中同じスポーツをしている人と、夏と冬で違うスポーツをしている人では、実力に差が生まれてしまう。でも、サッカーをしていたからスケートが遅いとか、スケートをしていたからサッカーが下手だという言い訳をしてはいけない

ここで「言い訳」という言葉が出てくることに注目してください。のちに菜那さんが「身長が低いことを負けた言い訳にして頑張らないのは違う」と語るようになる素地は、家庭のこの教えの中にありました。

その代わり母は、パワーマックス(エアロバイク)やスライドボードといったトレーニング機材をチームから借りてきて、家でも練習できる環境を整えたそうです。菜那さんは「外でトレーニングをしたあとに、家でマシントレーニングをするのは正直めちゃきつかった」と振り返っています。

早朝4時半の新聞配達

3つ目が、きょうだい3人に課された新聞配達です。菜那さんは中学時代から、早朝4時半に起きて配達を手伝っていました。寝坊して妹の美帆さんに怒られた日もあったといいます。

理由について本人は「お金はなかったけど」と前置きしつつ、単なる家計の話ではない意図があったと著書で明かしています。スケートは用具代も遠征費もかかる競技です。その負担を子ども自身が体で知ることには、確かに意味があったのでしょう。

高木家の教えを整理すると、次の3点に集約されます。

  • 選ぶのは本人。ただし選んだ以上は中途半端にしない
  • 条件を言い訳にしない
  • 支えてもらう側ではなく、支える側にも立つ

こうした環境で育ったからこそ、姉妹は身長差9cmという条件を抱えたまま、それぞれの戦い方を見つけていくことになります。

高木姉妹の身長差9cmはパシュートでどう働いたのか

スピードスケート団体パシュートにおける空気抵抗と小柄な選手の役割を示す図解

競技の話に戻ります。9cmという体格差は、2人が同じチームで戦う団体パシュートで、どう機能したのでしょうか。

縦一列で滑る種目と空気抵抗

団体パシュートは3人が縦一列になって滑り、先頭を交代しながら進む種目です。先頭の選手が最も大きな空気抵抗を受け、後ろの2人はその後方で力を温存できます。

スピードスケートでは滑走中の外的エネルギーの70%以上が空気抵抗に使われるといわれており(日本体育協会「ガイドラインとそのスポーツ医科学的背景」/前嶋孝、EMIRAの記事より引用)、隊列の中でどう役割を分けるかが勝敗を左右します。

平昌五輪 代表4人の身長比較

金メダルを獲得した平昌五輪の女子団体パシュート代表4人を、JOCの選手プロフィールから並べてみました。

選手身長体重
菊池彩花170cm61kg
髙木美帆164cm58kg
佐藤綾乃157cm56kg
髙木菜那155cm48kg
4人の平均161.5cm55.8kg

菜那さんはチーム平均より6.5cm低く、体重は4人で唯一50kgを切っていました。サンケイスポーツは2018年2月の記事で、菜那さんを「今回のチームで最も小柄ながら、仲間を生かす巧みな脚の運びが特長だ」と評しています。

自分が最速である必要はない。隊列を崩さず、先頭を務め、仲間の力を引き出す。9cm低い体は、その役割にはむしろ適していました。

「菜那はレースで転んだことがない」

そして、父・愛徳さんが女性自身の取材で語ったこの言葉が、姉妹の関係を最もよく表しています。

「美帆も菜那と一緒なら、気を使わなくて済む。特に菜那は人について滑るのが上手。しかもレースで転んだことがないんです。どんどん引っ張っても、菜那なら意地でもついてこられる。その安心感は、美帆にとって大きいでしょう」

「わざと転んだ兄」と「レースで転んだことがない妹」。同じ家で育ち、同じように小柄だった2人が、まったく違う場所にたどり着いていました。

筆者は平昌五輪をリアルタイムで見ていましたが、当時いちばん印象に残ったのも「ミスがひとつもない滑り」でした。その印象には、父の証言という裏づけがあったわけです。

ただし公平を期すために書き添えると、2022年北京五輪では団体パシュート決勝の最終コーナーで転倒して銀メダルに終わり、マススタート1回戦でも首位のまま転倒しています。転ばない選手が、最後の五輪で二度転びました。それでも1500mでは8位入賞を果たし、翌年から大学院で学び直す道を選んでいます。

冬季競技では、こうした家族や指導者との関係が選手を大きく左右します。スキージャンプにも師弟が掴んだ銅メダルの物語があり、競技を超えて通じるものがあります。

高木姉妹のプロフィール比較と主な成績

髙木菜那選手と髙木美帆選手の経歴・獲得メダルを比較したイラスト図解

2人の歩みを、あらためて数字で並べておきます。

2人のプロフィール比較表

項目髙木菜那(姉)髙木美帆(妹)
生年月日1992年7月2日(34歳)1994年5月22日(32歳)
身長/体重155cm/48kg164cm/58kg
最終学歴帯広南商業高校→筑波大学大学院 修了日本体育大学 卒業
現役時の所属日本電産サンキョー日本体育大学→TOKIOインカラミ
五輪初出場2014年ソチ(21歳)2010年バンクーバー(15歳)
引退2022年4月5日2026年3月4日

姉が初めて五輪に出たのは21歳、妹は15歳です。この6年の差もまた、姉が長く抱えた葛藤の一因でした。

美帆さんは五輪メダル10個で国民栄誉賞

妹の美帆さんは2026年2月のミラノ・コルティナ五輪で銅メダル3個を獲得したのち、3月4日に現役引退を表明しました。オリンピックで獲得したメダルは計10個で、これは日本の女子選手として最多の記録です。

その功績により、2026年8月4日、総理大臣官邸で国民栄誉賞が授与されました。菜那さんが幼少期の3きょうだい写真を投稿して祝福したのは、まさにこの日のことです。

なお、菜那さんはミラノ・コルティナ五輪でスピードスケートの解説者を務め、妹を「髙木選手」と呼んで解説しました。姉妹の関係が競技から次の段階へ移ったことを象徴する光景でした。同じミラノ大会のスキージャンプ混合団体も日本勢が銅メダルを獲得しています。

菜那さんは日本人女子初の一大会2冠

姉の菜那さんが残した記録も、色あせるものではありません。2018年平昌五輪の団体パシュートとマススタートで金メダルを獲得し、夏季・冬季を通じて日本人女子で初めて、ひとつの大会で2つの金メダルを獲得した選手になりました。

とくにマススタートは同大会で新設された種目で、菜那さんは初代女王です。出場24選手の中で最も小柄な体でつかんだ金メダルでした。155cmという身長がその勝利にどう関係したのかは、菜那さんの身長を検証した記事で詳しく分解しています。

高木姉妹と兄に関するよくある質問

高木姉妹と兄の家族関係やよくある疑問をまとめたQ&Aイラスト

検索でよく調べられている疑問に答えます。

どっちが姉?

菜那さんが姉、美帆さんが妹です。菜那さんが1992年7月生まれ、美帆さんが1994年5月生まれで、1歳10か月違います。

ただし身長は妹のほうが9cm高いため、間違えられることが多くありました。菜那さん本人も17歳のときに「そちらは妹さんですか?」と聞かれ、「姉です。よく間違えられます」と答えたことがあります。

何人きょうだい?

3人きょうだいです。上から長男・大輔さん、長女・菜那さん、次女・美帆さんの順になります。両親を含めた5人家族です。

「姉妹」として語られることが多いため2人きょうだいと思われがちですが、菜那さん自身もCHANTO WEBの取材で「兄もいるので、姉妹で、という特別な意識はありません」と話しています。

兄はスケート選手だった?

競技者としてスケートを続けたという記録は確認できませんでした。ただし、高木家で最初にスケートを始めたのは兄であり、きょうだい3人とも同じ競技に打ち込んでいた時期があります。

菜那さんはCHANTO WEBの取材で「高木家ではお兄さんも含めてきょうだい全員が同じ競技に打ち込んでいました」と語っており、少なくとも本格的に取り組んでいたことは確かです。現在の職業は中学校教諭です。

清水宏保とは親戚?

血縁関係があるという情報は確認できませんでした。両家が親戚だと報じた信頼できる資料は見当たりません。

ただし接点はあります。清水宏保さんは北海道帯広市の出身で、高木家がある幕別町と同じ十勝地方です。そして兄・大輔さんがスケートを始めたきっかけが、清水さんの1998年長野五輪での金メダルでした。同じ地域の先輩の活躍が、次の世代を動かしたという関係になります。

まとめ|高木姉妹の身長差9cmが教えてくれること

身長差9cmを個性と強みに変えて歩んだ高木兄妹の軌跡を総括するイラスト

この記事で確かめたことを整理します。

  • 高木姉妹の身長差は9cm。姉・菜那さんが155cm、妹・美帆さんが164cmで、体重差は10kg
  • 幼少期は姉のほうが大きかったが、小6で妹に競技記録を抜かれ、中2で姉の身長の伸びが止まった時期に逆転した
  • 高木家は3人きょうだいで、最初にスケートを始めたのは兄・大輔さん(現在は中学校教諭)。きっかけは身長162cmで長野五輪を制した清水宏保さんだった
  • 兄の身長の具体的な数値は公表されていない。わかっているのは著書にある「身長が小さかった」という記述だけ
  • 小6の兄が身長を理由にわざと転んだ出来事をきっかけに、両親は「頑張れと言わない」「関与しすぎない」「そっと見守る」と決めた
  • 同じく小柄だった菜那さんは「身長が低いことを負けた言い訳にして頑張らない」ことを選び、父から「レースで転んだことがない」と評される選手になった

高木姉妹の身長差9cmは、単なる体格の話ではありませんでした。その9cmを埋めるために何をするか、あるいは9cmを理由に何をあきらめるか。同じ家に生まれた3人が、それぞれ違う答えを出したことの記録です。

そして両親は、答えを押しつけませんでした。「頑張れ」を封印し、そっと見守ることを選んだ結果、金メダリストが2人生まれています。皆さんがもし何かを見守る立場にあるなら、この高木家の判断は、ひとつの参考になるかもしれません。

参考・出典

  • 髙木菜那『7回転んでも8回起きる』(徳間書店、2026年2月7日)=Number Web 2026年2月10日/ダイヤモンド・オンライン 2026年2月20日の抜粋掲載による
  • 日本オリンピック委員会(JOC)平昌2018冬季 選手プロフィール(髙木菜那/髙木美帆/佐藤綾乃/菊池彩花)
  • 女性自身「スピードスケート高木美帆・菜那姉妹 父・恩師が語る対称的な素顔」(2018年1月27日)
  • CHANTO WEB「元スピードスケート・高木菜那『スーパー中学生・美帆の姉としての葛藤も』見守った両親の教育方針」(2023年11月15日)
  • テレ朝POST「金メダル最有力、スピードスケート高木姉妹。五輪同時出場までの“光と影”の歴史」
  • 中日新聞Web「高木菜『金』 マススタート初代女王は155センチ」(2018年2月25日)
  • サンケイスポーツ「高木菜那&美帆、姉妹で金!冬季五輪日本初のきょうだい同時メダル」(2018年2月21日)
  • デイリースポーツ「高木菜那さん 幼少期の姉妹秘蔵写真公開で…」(2025年5月30日)
  • Yahoo!ニュース「高木菜那が実兄を初公開→引退を表明した美帆との“超レアな兄妹3ショット”が必見!」(2026年3月5日)
  • 中日スポーツ「『ほっこりする』高木菜那さん、幼少時の3きょうだい“おやつタイム”ショットで妹の国民栄誉賞祝福」(2026年8月4日)
  • NANA TAKAGI Official Web Site(nana-takagi.com)
  • EMIRA「空気抵抗と摩擦抵抗を最小限に!スピードスケートのもう一つの戦い」(2018年2月26日)
  • Wikipedia(日本語版「髙木美帆」「清水宏保」)
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家計改善で教育資金や老後資金を増やしています。この得た知識を皆さんにも共有して、『人類、みんな幸せになりたい』が夢です。
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