2026年8月14日、ハマ・オカモトさんがOKAMOTO’S(オカモトズ)を脱退しました。同年4月の活動休止から約4か月、ファンが「復帰」を待ち続けた末に届いたのは、バンドを離れるという知らせでした。皆さんが気になっているのは、「なぜ休止が脱退に変わったのか」「体調不良との関係はあるのか」「OKAMOTO’Sはこれからどうなるのか」の3点ではないでしょうか。
結論を先にお伝えします。脱退の直接の理由として公式に説明されたのは、体調不良そのものではなく、「今後のバンドの目指すべき道に関する話し合いのなかで、お互いの認識に違いがあった」という点です。ハマ・オカモトさんは脱退後も休養を続け、OKAMOTO’Sは3人体制で活動を継続します。
この記事では、8月14日の脱退発表の内容、4月の活動休止から脱退までの4か月間の時系列、体調不良の背景、そして3人体制となったOKAMOTO’Sの今後まで、公式発表と各社報道をもとに整理してお伝えします。ハマ・オカモトさんのプロフィールや経歴もあわせてまとめていますので、初めて名前を知った方にも読んでいただける内容です。
▼ この記事でわかること
- 2026年8月14日に発表されたハマ・オカモトの脱退の内容
- 活動休止(4月3日)から脱退(8月14日)までの時系列
- 体調不良の背景と、2024年の休止との違い
- 3人体制となったOKAMOTO’Sの今後の活動
- ハマ・オカモトのプロフィール・経歴の完全まとめ
ハマ・オカモトがOKAMOTO’Sを脱退|2026年8月14日発表の内容

まず、2026年8月14日に発表された内容を正確に押さえておきましょう。ここを誤解したまま情報が広がっているケースが少なくありません。
公式発表とメンバー連名コメントの要点
OKAMOTO’Sは8月14日、公式サイトを通じて、ベースのハマ・オカモトさん(35歳)が同日付でバンドを脱退したことを発表しました。発表では「メンバー4人での協議の結果」という表現が用いられ、一方的な通告ではなく、4人での話し合いを経た結論であることが示されています。
あわせて、ボーカルのオカモトショウさんが自身のInstagramで、残るメンバー連名の文書を公開しました。その内容は次のとおりです。
「突然のお知らせになってしまい本当にすみません」
「ハマ君の活動再開も含む、今後のバンドの目指すべき道に関する話し合いを進める中でお互いの認識に違いがあり、ハマ君とは一緒にステージに立つことが出来なくなってしまいました」
「4人での話し合いの結果、『一緒にステージに立つ』という選択からは離れることになりましたが、それぞれの大切なものを守るため、この決断に至りました」
「ハマ君とは別々の道を行くことになりますが、それぞれの活動を応援していただけると幸いです。我々3人としてはここから先のライブやイベント、その全てにより一層全力で臨み、最高のライブをします」
(出典:スポーツニッポン/サンケイスポーツ 2026年8月14日報道)
オカモトショウさんはさらに「この17年間、ハマ君と一緒に活動できたことは心から楽しく、奇跡のような日々でした」とも述べています(出典:ENCOUNT)。決別を強調するのではなく、17年間の活動をねぎらう言葉で締めくくられている点が印象的です。
「お互いの認識に違いがあり」――語られたことと、語られなかったこと
この発表で最も重要なのは、脱退の理由として「体調不良」が挙げられていないという点です。公式に語られたのは「今後のバンドの目指すべき道に関する話し合い」における認識の相違でした。
一方で、次の3点については一切公表されていません。
- 具体的にどのような点で認識が食い違ったのか
- ハマ・オカモトさんの病名や診断内容
- 脱退が本人の意向によるものか、バンド側の判断が先だったのか
インターネット上には「うつ病だったのでは」「不仲説がある」といった書き込みも見られますが、これらを裏づける公式発表や本人の説明は確認できません。断定的に語られている情報を見かけたら、出典を確かめることをおすすめします。当ブログでも、確認できていない事柄については「わからない」とお伝えする方針です。
脱退後もハマ・オカモトは休養を継続
脱退にともなってハマ・オカモトさんが活動を再開したわけではありません。各社の報道によれば、脱退後も引き続き休養に入っている状態です。
つまり2026年8月末時点では、「OKAMOTO’Sのメンバーではなくなったが、ソロとしての活動も始まっていない」という段階にあります。復帰の時期や、今後どのような形で音楽活動を続けるのかについては、現時点で公式なアナウンスはありません。
休止から脱退までの4か月を時系列で検証|どこで流れが変わったのか(独自検証)

「4月の発表では復帰前提だったはずなのに、なぜ脱退になったのか」――多くの方が抱く疑問です。ここでは公表されている事実だけを並べ、流れが変わった地点を検証します。
2026年3月〜8月の動きを時系列で整理
まずは、公表されている出来事を時系列に並べてみましょう。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 2026年3月20日 | 体調不良により名古屋公演を当日中止 |
| 2026年3月 | 冠番組「ハマスカ放送部」が約4年半の放送に幕 |
| 2026年4月3日 | 公式サイトで活動休止を発表(期間は未定) |
| 2026年8月14日 | OKAMOTO’S脱退を発表(同日付で脱退) |
| 2026年8月15日 | ホールツアー初日をサポートベーシストを迎えて開催 |
| 2026年8月15日 24時 | 3人体制での新曲「LOSTRANGER」を配信リリース |
こうして並べると、**脱退発表がホールツアー初日の前日**だったことがわかります。ツアー開始を目前にしたタイミングでの公表は、バンド側にとっても苦渋の判断だったことがうかがえます。
4月の発表文にあった「可能な限り」という一文
いま読み返すと意味が変わって見えるのが、4月3日の発表文にあった次の一文です。
「ハマ・オカモトの休養中におきましても、OKAMOTO’Sは可能な限り通常の活動を行う予定です」
(出典:OKAMOTO’S公式サイト・ソニー・ミュージックアーティスツ公式サイト 2026年4月3日)
当時この文章は「バンドは止まらない」という前向きなメッセージとして受け止められました。しかし、休止期間を一切明示していなかった点、そして「可能な限り」という留保がついていた点は、復帰時期を約束できる状況ではなかったことを示していたとも読めます。
もっとも、この段階で脱退が決まっていたと考える根拠はありません。メンバー連名の文書に「ハマ君の活動再開も含む」話し合いを進めていたと書かれていることからも、復帰を前提とした協議が実際に行われていたと理解するのが自然です。
2024年の休止と2026年の休止は何が違ったのか(比較)
ハマ・オカモトさんの活動休止は今回が2度目です。2024年の休止と比べると、経過の違いがはっきりします。
| 項目 | 2024年の休止 | 2026年の休止 |
|---|---|---|
| 休止発表 | 2024年4月 | 2026年4月3日 |
| きっかけ | 体調不良 | 3月20日の公演中止 |
| バンドの対応 | サポートメンバーで公演継 | サポートメンバーで公演継続 |
| 休止期間 | 約5か月 | 約4か月で脱退 |
| 結末 | 2024年9月に復帰 | 2026年8月14日に脱退 |
| 復帰の舞台 | 47都道府県ツアーZepp Shinjuku公演 | ― |
発表の形式もバンドの対応も、2024年とほぼ同じでした。違いが生まれたのは、休止に入ったあとの「話し合い」の結果です。前回は復帰という結論に至り、今回は別々の道を選ぶという結論に至りました。同じ入口から入って、出口が分かれたわけです。
ハマ・オカモトの活動休止を発表!その内容と経緯を詳しく解説

ここからは、脱退の前段にあたる2026年4月の活動休止について、当時の経緯を振り返ります。
2026年4月3日、OKAMOTO’Sの公式サイトおよびソニー・ミュージックアーティスツの公式サイトより、「ハマ・オカモトについてのお知らせ」という形で活動休止が発表されました。
「医療機関にて受診の結果、休養が必要との診断を受けました。つきましては、活動をお休みさせていただくことをお知らせいたします。今後につきましては、医師とも相談の上、あらためてご報告いたします。ハマ・オカモトの休養中におきましても、OKAMOTO’Sは可能な限り通常の活動を行う予定です。」
(出典:OKAMOTO’S公式サイト・ソニー・ミュージックアーティスツ公式サイト)
Yahoo!ニュースのコメント欄には翌日だけで800件を超える書き込みが寄せられ、X(旧Twitter)でも「ハマ・オカモト」がトレンド入りしました。関心の高さがうかがえる反応でした。
活動休止に至った直接のきっかけ
直接のきっかけとなったのは、2026年3月20日に予定されていた名古屋公演を、体調不良のため当日中止したことでした。すでに会場へ向かっていたファンも多く、SNS上には驚きと心配の声が一気に広がりました。
ライブの中止はファンにとって残念な出来事です。とはいえ、体調が万全でない状態で無理にステージに立てば、パフォーマンスの質が落ちるだけでなく、より長期の離脱につながるおそれもあります。速やかに中止を判断し、医療機関の受診につなげた対応は、結果的に本人の体を守る選択でした。
休止期間はいつまで?(※2026年8月14日に脱退が発表されました)
当時の発表で特に注目されたのは、休止期間が明示されていなかった点です。「今後は医師との相談の上、あらためてご報告します」という表現からも、回復に要する時間を見通せない状況であったことが読み取れます。
前回2024年の休止は4月から9月までの約5か月間でした。そのため当時は「今回も同程度か、それ以上かもしれない」という受け止めが一般的で、復帰を待つ声が大半を占めていました。
しかし実際には、休止から約4か月後の2026年8月14日に脱退が発表され、復帰という形での決着には至りませんでした。この点は、当時の見通しと結果が食い違った部分として押さえておきたいところです。
ファンの反応は?
活動休止が発表された2026年4月4日時点で、Yahoo!ニュースのコメント欄には811件の書き込みが集まりました。エンタメカテゴリーのなかでも突出した数で、ハマ・オカモトさんとOKAMOTO’Sへの関心の高さを表しています。
コメントの傾向としては「ゆっくり休んでください」「回復を願っています」「焦らなくていい」といった温かい声が大半を占め、批判的な内容はほとんど見られませんでした。長年にわたって積み上げられてきたバンドへの信頼が、こうした反応に表れていたといえます。
活動休止の理由とは?体調不良の詳細と背景を考察

活動休止について、バンド側は「医療機関での診断で休養が必要と判断された」とのみ公表しており、具体的な病名や症状は明らかにしていません。音楽業界ではアーティストの健康情報をプライバシーとして扱うのが一般的で、詳細が公表されないこと自体は特別な対応ではありません。
前回の休止から見えてくる精神的な疲弊
2024年の活動休止のあと、ハマ・オカモトさんは復帰後のインタビューで率直な言葉を残しています。
「バンドを続けることへの不安を感じていた」「自分の感情や目的がわからなくなっていた」「何をやっていても楽しいのか悲しいのかわからなくなっていた」――こうした発言からは、身体的な疲労だけでなく精神的な疲弊が大きな要因だったことがうかがえます。いわゆるバーンアウト(燃え尽き症候群)に近い状態だった可能性も考えられます。
なお、これは前回の休止について本人が語った内容であり、2026年の休止の原因が同じだったと断定できるものではありません。
充実した活動が続く中での2度目の体調不良
2026年の体調不良は、2024年9月の活動再開から約1年半後の出来事でした。この間、OKAMOTO’Sは10枚目のオリジナルアルバム「4EVER」(2025年1月リリース)の制作・発売、47都道府県ツアーの完走、新ユニット「TASOGARE BUDDY」の結成と、精力的に活動を重ねています。
表面的には「好調」に見えるアーティストであっても、スタジオ作業・ライブ本番・メディア対応・移動の繰り返しによって疲労が蓄積していくことは珍しくありません。充実と負荷は表裏一体という側面があります。
メンタルヘルスへの意識が高まる音楽業界
近年、音楽業界ではアーティストのメンタルヘルスへの意識が高まっています。海外ではビリー・アイリッシュさんやセレーナ・ゴメスさんら著名アーティストが自身のメンタルヘルスの問題を公言し、休養を「弱さ」ではなく「必要な選択」として発信してきました。
日本でも同様の流れが生まれつつあります。2026年5月には小泉今日子の2026年休養が発表され、還暦記念ツアーを完走した直後に年内の休みを取る決断が広く支持されました。無理を重ねて活動を続けるよりも、いったん立ち止まる判断が受け入れられる空気は、確実に広がっているといえるでしょう。

2024年の活動休止から振り返る|ハマ・オカモトの健康問題と復活の軌跡

前回の経緯を詳しく振り返ることで、今回の決断の重みが見えてきます。
2024年4月:最初の活動休止発表
2024年4月、ハマ・オカモトさんは体調不良を理由に活動休止を発表しました。このときも「医師の診断で休養が必要との判断」という形の発表で、病名は公表されていません。OKAMOTO’Sはサポートベーシストを迎えながら一部の公演を継続しました。
休止の理由について、ハマ・オカモトさんは後に「バンドとしてのデビュー15周年に向けて全力で準備していた中、自分自身が何のために音楽をやっているのかわからなくなってしまった」と明かしています。
2024年9月:感動の活動再開
休止から約5か月後の2024年9月、ハマ・オカモトさんは活動を再開しました。復帰の舞台となったのは「OKAMOTO’S 15th Anniversary FORTY SEVEN LIVE TOUR -RETURNS-」のZepp Shinjuku公演です。
長い休養を経て再びステージに立ったハマ・オカモトさんを、ファンは大きな声援で迎え入れました。会場には「おかえり」という言葉が飛び交ったと伝えられています。
また、ラジオ「ハマスカ放送部」にもサプライズ復帰を果たし、長年の共演者である齋藤飛鳥さん(乃木坂46出身)が事前に知らされていなかったというエピソードも話題を呼びました。
復帰後のハマ・オカモトのコメント
復帰後、ハマ・オカモトさんは休止期間について「僕の一生の宝物になるような時間だった」と語っています。つらかった時間として振り返るのではなく、自分自身と向き合えた貴重な期間として受け止めていたことがわかる言葉です。
「何のために音楽をやるのか」という根本的な問いと向き合えたことが、復帰後の充実した活動につながったと考えられます。
2025年:デビュー15周年の充実期
活動再開後のOKAMOTO’Sは、まさに充実期と呼べる活動を展開しました。主な出来事は次のとおりです。
- 2025年1月22日:10thオリジナルアルバム「4EVER」リリース(通常盤・限定Blu-rayセット盤の2形態)
- 2025年:15thアニバーサリー47都道府県ツアー「RETURNS」完走
- 2025年:新ユニット「TASOGARE BUDDY」(THE GROOVERSの藤井一彦さんとのコラボユニット)結成
特に47都道府県ツアーは8年ぶり2度目という大規模なもので、全国のファンとの結びつきを深める機会になりました。この充実ぶりがあったからこそ、翌年の休止と脱退は多くの人にとって予想外の展開だったといえます。
OKAMOTO’Sの今後の活動はどうなる?バンドへの影響と今後の見通し

ハマ・オカモトさんの脱退を受けて、多くの方が気にしているのが「OKAMOTO’Sの今後」です。ここは脱退発表後にはっきりした情報が出ていますので、順に整理します。
公式発表:可能な限り通常の活動を継続(※現在は3人体制で継続)
4月の休止発表時点では「ハマ・オカモトの休養中においても、可能な限り通常の活動を行う予定です」と説明されていました。
そして脱退発表後、この方針は3人体制+サポートミュージシャンという形で継続されています。バンド名「OKAMOTO’S」もそのまま使用され、解散や活動休止には至っていません。
2024年の対応から見る今後の動き
2024年の休止時、OKAMOTO’Sはサポートメンバーを迎えて公演を継続しました。この対応はファンから広く支持され、「バンドが続いてくれていることが大事」という声が多く寄せられています。
同じ体制が2026年も取られました。8月15日の東京・LINE CUBE SHIBUYAでのツアー初日も、サポートベーシストを迎えて予定どおり開催されています。過去の経験が、今回の切り替えの早さにつながったと見ることもできそうです。
ライブ・リリーススケジュールへの影響
脱退による影響を心配する声もありましたが、結果としてスケジュールは止まりませんでした。8月時点で公表されている予定は次のとおりです。
- ホールツアー「OKAMOTO’S HALL TOUR 2026 90’S TOKYO BOYS IN HALL “Future Eve”」:2026年8月15日、東京・LINE CUBE SHIBUYAで開幕
- 新曲「LOSTRANGER」:2026年8月15日24時に配信リリース
- 全国ツアー「OKAMOTO’S LIVE TOUR 2026-2027 LOSTRANGER」:2026年11月19日から2027年2月7日にかけて全国12都市で開催
最新情報はOKAMOTO’Sの公式ウェブサイト(www.okamotos.net)や公式X(@OKAMOTOS_INFO)で確認できます。
新曲「LOSTRANGER」と全国ツアー|3人体制の第一歩
注目したいのは、脱退発表の翌日に新曲「LOSTRANGER」が配信リリースされ、あわせて11月からの全国ツアーが発表された点です。脱退の告知と新しい動きの告知が、ほぼ同時に届いたことになります。
この進め方からは、バンドが「空白期間をつくらない」ことを重視した姿勢が読み取れます。ツアーは2026年11月19日から2027年2月7日まで全国12都市。3人体制のOKAMOTO’Sがどのような音を鳴らすのかを確かめる場になりそうです。
OKAMOTO’Sの底力
OKAMOTO’Sは2010年のメジャーデビュー以来、さまざまな局面を乗り越えてきたバンドです。2024年の休止という試練を経験しながら復活を遂げた実績もあります。
今回はメンバーの脱退という、より大きな変化に直面しました。それでもツアーを止めず、新曲を届け、次のツアーまで発表した対応には、17年間活動を続けてきたバンドの地力が表れています。
ハマ・オカモトとは?知られざるプロフィールと音楽的経歴を完全まとめ

改めて、ハマ・オカモトさんのプロフィールと音楽的経歴を紹介します。初めて名前を知った方にも、長年のファンの方にも、新たな発見があるかもしれません。
基本プロフィール
公式に公表されている情報をまとめると、次のとおりです。

- 本名:濵田 郁未(はまだ いくみ)
- 生年月日:1991年3月12日(2026年8月時点で35歳)
- 出身地:東京都
- 職業:ベーシスト・タレント・MC・音楽プロデューサー
- 所属バンド:OKAMOTO’S(2009年加入/2026年8月14日をもって脱退)
- 所属事務所:ソニー・ミュージックアーティスツ
- 父:浜田雅功さん(お笑いコンビ「ダウンタウン」)
- 母:小川菜摘さん(女優・タレント)
- 学歴:和光高校 → 和光大学(在学中にOKAMOTO’Sに加入)
(出典:オフィシャルサイトほか)
浜田雅功の息子として芸能一家に生まれる
ハマ・オカモトさんの父親は、ダウンタウンの浜田雅功さんです。母親は女優・タレントとして活躍する小川菜摘さん。日本屈指の芸能一家に生まれながら、本人は「親のコネではなく自分の実力で認められたい」という強い意志を持っていたとされています。
そのため、父親が浜田雅功さんであることを2013年頃まで公表していませんでした。バンドとして実績を積み、自分の音楽が評価されたと確信してから明かすという選択でした。この姿勢は音楽業界でも高く評価され、「二世」という枠を超えた実力派として受け止められています。
有名な親を持ちながら、その事実を伏せて実力を示そうとした例はほかにもあります。ミュージシャンを父に持つ宮沢氷魚の父と二世の葛藤や、23年間も両親の名を明かさなかった岸谷蘭丸の親と二世の告白と読み比べると、ハマ・オカモトさんの選択がより立体的に見えてきます。


音楽との出会いとOKAMOTO’Sの結成
ハマ・オカモトさんがベースを始めたのは中学時代のことです。きっかけは「部活で空いていた楽器がベースだったから」という、偶然に近い出会いでした。
その後、中学時代の同級生たちとOKAMOTO’Sの前身となるバンドを結成。2009年、大学1年生のときにOKAMOTO’Sへ正式加入し、翌2010年にメジャーデビューを果たしました。加入から脱退までの17年間が、そのままバンドの歴史と重なっています。
世界が認める実力派ベーシスト
ハマ・オカモトさんの実力は、国内にとどまらず国際的にも認められてきました。主な実績を挙げます。
- 2010年:SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)2010に日本人男子最年少で出演
- 2013年:日本人ベーシストとして初めてフェンダー社とエンドースメント契約を締結
- 2023年:主題歌を担当したドラマ「神の雫」が国際エミー賞を受賞
フェンダー社はジミ・ヘンドリックスやエリック・クラプトンも愛用した世界屈指のメーカーです。そこから選ばれた日本人ベーシスト第1号という事実は、プレイヤーとしての評価の高さを裏づけています。ベース・マガジンなどの専門媒体でも繰り返し取り上げられてきました。
バンドを超えた多才なマルチタレント
ハマ・オカモトさんは、MC・タレントとしても幅広く活躍してきました。
齋藤飛鳥さん(乃木坂46出身)とともに担当した「ハマスカ放送部」は、音楽ファンにもアイドルファンにも親しまれた冠番組でした。同番組は約4年半にわたって放送され、**2026年3月に終了**しています。番組の終了と活動休止の発表が近い時期に重なったことから、体調面が考慮された可能性を指摘する見方もありますが、公式に理由が説明されたわけではありません。
2025年にはTHE GROOVERSの藤井一彦さんとのユニット「TASOGARE BUDDY」を結成し、世代を超えたコラボレーションも実現させています。
脱退後のハマ・オカモトに残るもの
OKAMOTO’Sを離れたことで、ハマ・オカモトさんの活動がすべて失われたわけではありません。フェンダー社との契約に象徴されるベーシストとしての評価、サポート・セッションでの実績、ラジオやMCで培った話し手としての力は、そのまま残ります。
ただし、復帰の時期も活動の形も、現時点では公表されていません。「いつ、どのような形で戻るのか」は、はっきりとはわからないというのが正確なところです。憶測が広がりやすい局面ですので、公式発表を待ちたいところです。
体調を理由に長く現場を離れたあと、時間をかけて戻ってきた表現者は少なくありません。吉田日出子の休養と復帰の歩みは、その一例として参考になります。

なぜ「休止」ではなく「脱退」だったのか|3人体制を選んだ背景を考える(独自考察)

最後に、公式発表の言葉から読み取れる範囲で、この決断の背景を考えてみます。ここは推測を含む部分ですので、事実と切り分けてお読みください。
「一緒にステージに立つ」という言葉の重み
メンバー連名の文書には、「『一緒にステージに立つ』という選択からは離れることになりました」という表現がありました。解散でも活動休止でもなく、「同じステージに立つこと」を手放すという言い方が選ばれています。
裏を返せば、バンドとしての活動を止める選択肢もあり得たなかで、3人はステージに立ち続ける道を選んだということです。8月15日のツアー初日を予定どおり開催し、同日に新曲を配信したことは、その意思表示と受け取れます。
「それぞれの大切なものを守るため」が示すもの
もう一つ印象的なのが「それぞれの大切なものを守るため」という一文です。どちらか一方の事情ではなく、双方に守るべきものがあったことを前提にした表現になっています。
体調の回復を最優先したい側と、ツアーやリリースのスケジュールを抱える側。この2つは、どちらも正当でありながら両立が難しい場合があります。「認識に違いがあり」という説明は、その難しさを言い表したものと読むこともできるでしょう。ただし、実際に何が話し合われたのかは公表されておらず、ここから先は推測の域を出ません。
ファンにとっての受け止め方
SNS上の反応を見ると、「残念だが3人の決断を尊重したい」という声と、「もう少し待てなかったのか」という声の双方が見られます。どちらの気持ちも自然なものです。
似た構図として、体調不良による休止がそのままグループを離れる結果につながった花田藍衣の活動休止と契約解除のケースもあります。ただしそちらは運営との対立が公になった事例であり、今回のように双方が穏やかな言葉で幕を引いた形とは経緯が大きく異なります。

はっきりしているのは、ハマ・オカモトさんもOKAMOTO’Sも、活動をやめたわけではないということです。別々の道であっても、それぞれの続きを見守ることはできます。
まとめ|17年間の歩みと、ここから始まるそれぞれの道

この記事では、ハマ・オカモトさんのOKAMOTO’S脱退について、発表内容・時系列・背景・バンドの今後まで整理してお伝えしました。要点を振り返ります。
- 2026年8月14日、ハマ・オカモトがOKAMOTO’Sを脱退。「メンバー4人での協議の結果」と発表された
- 脱退理由として公式に示されたのは体調不良ではなく、「今後のバンドの目指すべき道」に関する認識の違い
- きっかけは2026年3月20日の名古屋公演中止。4月3日に活動休止を発表し、約4か月後に脱退へ
- ハマ・オカモトは脱退後も休養を継続。復帰時期や今後の活動形態は未発表
- OKAMOTO’Sは3人体制で継続。8月15日にホールツアー初日を開催し、新曲「LOSTRANGER」を配信
- 全国ツアー「LOSTRANGER」を2026年11月19日〜2027年2月7日に全国12都市で開催予定
- ハマ・オカモトは2013年に日本人ベーシスト初のフェンダー社エンドースメント契約を締結した実力派
2009年の加入から17年。ハマ・オカモトさんとOKAMOTO’Sが積み上げてきた時間は、脱退によって消えるものではありません。オカモトショウさんが「奇跡のような日々でした」と表現したその17年間は、作品として残り続けます。
ハマ・オカモトさんには、まず体調の回復を最優先にしてほしいと願うファンが大半です。そしてOKAMOTO’Sは、3人という新しい形で次の一歩を踏み出しました。それぞれの道の先にどんな音楽が待っているのか、静かに見守っていきたいところです。続報が入り次第、本記事を更新していきます。
※この記事は2026年8月29日に情報を再確認し、更新しています。

